Twin's Story 6 "Macadamia Nuts Chocolate Time"

《3 ハワイ》

 

「ケンジおじ、何蒼い顔してんの?」真雪が前のシートから首を後ろに向けて言った。

「俺、飛行機嫌いって言っただろ」

 

 7人の乗った飛行機が動きだし、滑走路をゆっくりと離陸位置まで進み始めた。

 

「ああ、生きてる気がしない……」

「まったく、大げさなんだから……」ケンジの右隣に座ったミカがあきれたように言った。

 

 ケンジの左隣にはマユミが座っていた。その隣の通路に面した席にケネス。彼らの前の列、通路側から健太郎、真雪、龍が並んで座っていた。

 

「ケン兄、ハワイに行って欲しいもの、何かあるの?」マユミがケンジに訊ねた。

「今すぐ欲しいものならある」

「何?」

「ど○でもドア」

 

 飛行機が離陸準備に入った。「お、降ろせ、俺を降ろしてくれっ!」ケンジがそわそわし始めた。

「父さん、僕恥ずかしいんだけど……」龍がつぶやいた。

「ミカ姉、ちょっとケンジをおとなしくさせてくれへんか?」

「いいかげんに落ち着いたら? ケンジ」ミカが言った。「子供らの前で恥ずかしくないのか?」

 

「ああ、もうだめだ……」

 

「眠ってなよ。ケン兄」マユミが言って、薄いケットをケンジの膝に掛けた。

「ところでさ、」健太郎が後ろのケネスに話しかけた。

「何や? 健太郎」

「この旅行って、ケンジおじと母さんのために計画したんだよね」

「そうや」

「前から思ってたんだけどさ、なんでこの8月3日が二人の記念日なんだい?」

「話してええか? マーユ」ケネスは隣に座ったマユミに訊いた。

「そうそう。いったい、何の記念日なの?」真雪も振り向いた。

 

 マユミが少し赤くなって言った。「それはね、ケン兄が初めてあたしに、」

「お、おいおい、マユ、」ケンジが慌てた。

「チョコレートを買ってくれた記念日なんだよ」

 

 ずるっ! ケンジがくずおれた。

 

「えー、そんなこと?」

「な、なんだ、そんなことって」ケンジがむっとしたように言った。

「それのどこが記念すべきことなんだよ」健太郎は納得いかないように食いついた。

「おい、健太郎、俺が妹のマユにチョコレートを買ってやる、っていうことが、どんなに重大なイベントだったか、お前にはわからないのか?」

「わからない」健太郎は即答した。

「兄妹ってさ、」マユミが言った。「何か年頃になると、お互いを意識しちゃって、よそよそしくなったりするもんじゃない」

 

「そうかなあ」健太郎は真雪を見て言った。

 

「特に男女の双子だったあたしたちは、お互いのことをよくわかってなくて、すれ違ってたの。なかなか想いが伝えられなくてね」

「ふうん……」

「ケン兄がチョコレートをあたしに買ってくれたことで、二人が兄妹としての絆を深められたんだよ」

 

「『兄妹』としての絆? ちょっと違わないか?」ミカが小さくケンジにだけ聞こえるように言った。

「お前はだまってろ」ケンジも小声で返した。

 

「そうか、そうなんだね」真雪が感心したように言った。

「確かに重大なイベントだったのかも……」

「納得したか? 二人とも」ケンジが威張って言った。

「で、その後は今みたいにとても仲良しになったんだね」真雪がにこにこして言った。

 

「そう。と・て・も、仲良しになった」ミカが口を挟んだ。

 

「お前らも見習うんやで」ケネスが笑いながら言った。そしてケンジが続けた。「兄妹は一生で一番長くつき合う肉親なんだからな」

 

「うまくごまかしやがったな……」ミカがまたケンジにだけ聞こえるようにぼそっと言った。

 

「でもさ、」また健太郎だった。「もう8月3日、終わっちゃうじゃん。夜の8時だし」

「ハワイに着くのは8月3日の朝9時だ」ミカが言った。「お前、高校生のくせに地球が丸いってことも知らないのか? まったく情けないやつだな」

「俺、工業高校生だし」健太郎がふてくされて言った。

「そないなこと関係ないやろ! 一般常識や。まったく、親の顔が見たいで」

 

 ケンジがケネスをちらりと見て笑った。

 

 

 ホノルルの空港全体が熱い空気に包まれている感じがした。空港から外に出た7人は一様に深呼吸をしてまぶしそうに目を細めた。

「空気が熱いっ!」ミカが言った。

 

「やった! ハワイだっ!」龍が叫んだ。

「龍は海外、初めてだからな」ミカが龍の頭を軽くたたきながら言った。「いっぱい楽しみな」

「うんっ!」

「は~、やっと着いた……。でも、また帰らなきゃなんないかと思うと、気が重い……」ケンジがぐったりとした表情で言った。「どこ○もドア、どっかに売ってないかな……」

「まだ言ってる」健太郎が横目でケンジを見て言った。 

 

 

 2台のタクシーに分乗して、彼らはホテルに到着した。

 

「す、すげー!」健太郎が驚嘆の声を上げた。「で、でかいな」

「超高級リゾートって感じだね」真雪もその建物を見上げていった。

「世界的な観光地やからな。さ、入るで」ケネスが7人の先頭に立って歩き始めた。

 

 フロントでのチェックインは当然ケネスの役割だった。彼はカウンター越しに、頭にハイビスカスの花を飾った若い女性と早口の英語でやり取りをしている。時折笑いがあったりしてひとしきり会話をした後、奥から白い口ひげを生やした初老の男性が姿を現した。彼はフロントの前に出てくるなり、ケネスとハグをした。そして固く握手をしながら、何やら嬉しそうに話し始めた。

 

「ケネスが親戚で良かったわ」ミカが言った。「こんな時大助かりだわね」

 

 

 彼らの部屋は15階だった。1501号室のドアを開けて中に入った7人のうち、一番最初に叫んだのはケンジだった。

 

「広っ!」彼は中に走り込んだ。「おい、見てみろよケニー、海だ! 海が見える!」外に面した全面ガラス張りの窓から蒼い海と空が大パノラマになって広がっている。「そ、それにっ、でかいテレビだなっ!」壁に取り付けられた薄型テレビはちょっとしたスクリーンのようだった。「ミカ! ほら、お前の好きな酒が山ほど!」天井まで届くような重厚なマホガニー製のキャビネットに、ハワイをはじめ、世界の主要な酒のボトルとグラス、大小様々な形の皿やカトラリーなどが並んでいた。「こっちにはワインセラーまであるっ!」

 

「なにはしゃいでんだ? あいつ」ミカが言った。

「飛行機での反動やな」

 

 ケンジはかまわず叫び続けた。「お! 寝室はこっちか! 見てみろよ、マユ、でっかいベッド。二つも!」

 

「『ケニー、海だ』『ミカの好きな酒だ』ときて、」ミカが言った。「『マユ、でっかいベッド』だとさ。どう思う? ケネス」

「ほんま、わかりやすい頭してるで。何考えてんのか、丸わかりや。ケンジの脳もガラス張りやな」

 

「あっ! チョコレートの山!」真雪が叫んだ。

 

 その広いコンドミニアムの中央にある巨大なテーブルの中心に、脚付きのガラスの平皿に山のように積み上げられたチョコレート。色とりどりのホイルに個別包装されたチョコレートの山だった。

 

「ウェルカム・スイーツやな」ケネスが微笑みながら言った。

「マユ、食べてみようぜ」ケンジが駆け寄った。そしてその一つを手に取った彼は、包装紙のデザインを見つめた。「あれっ!」

「どうしたの? ケン兄」マユミがケンジの隣に立った。

「このメープル・リーフのロゴ、どっかで見たような……。あっ!」

「シンチョコのアソートだっ!」いつの間にかマユミの隣に立っていた龍が叫んだ。

「お前んちのチョコレートじゃないか、ケネス」

「言うたやろ? わいの店の古いつき合いのホテルやって」

「それにしてもこの量、尋常じゃないな……」

 

 ミカが言った。「さ、ここは大人4人の部屋だ。子供らは隣の1502号室。とっとと行って、荷物置いて来い」

「お前らの部屋にも、チョコぎょうさんあるよってにな。そやけど、今、あんまり食べ過ぎるんやないで」

「わかってる! 行こ、ケン兄ちゃん、マユ姉ちゃん」龍が二人の手を引いてドアを飛び出した。龍に手を引かれて部屋を出るとき、健太郎が一瞬立ち止まり、振り向いた。

「どうかした? 健太郎」ミカが言った。

「い、いや、別に……」

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