Chocolate Time 雨の物語集 ~雨に濡れる不器用な男たちのラブストーリー~
『雨の歌』 (1.穏やかな出会い|2.突きつけられた真実|3.気づかなかった想い|4.雨の歌|5.アクアマリンのリング)
《2.突きつけられた真実》
良平の勤める店では、毎年秋に恒例の大宴会が開かれることになっていた。
町の中でも有名な料亭の大広間を貸し切って、約30人ほどの従業員を集め、その宴は開かれた。
例年のように一次会は全て会社持ちだった。
すぐに宴会は賑やかに盛り上がった。良平の前にリサがビール瓶を持ってやって来た。
「天道部長」
「やあ、春日野さん」
「どうぞ」リサはビール瓶を持ち上げた。良平はグラスの中に半分程残っていたビールを飲み干すと、それを差し出した。
「ありがとう」
一口飲んでから、グラスをテーブルに戻し、良平はリサの顔を見て微笑んだ。「どう、もう慣れた?」
「はい。部長さんのお陰で」
「僕は何もしてませんよ」良平は照れたように笑った。
「私、とっても元気づけられました」
「え? 何かしましたっけ?」
「就職してすぐ、私が失恋したことを口にした時、部長さんに『元気出して』って言われて、微笑みかけられたこと、私、きっとずっと忘れません」
「そうですか……」良平は頭を掻いた。
「今思えば、なんで私、あんなこと部長さんに口走っちゃったのか……」リサは済まなそうに眉尻を下げた
「いいじゃないですか。話せば楽になることだってあるし」
リサは目を上げた。「部長さんには素敵な恋人がいらっしゃるんでしょう?」
そう唐突に言われ、良平は軽く咳き込んだ。
「ま、まあね」
「お付き合い、長いんですか?」
「来年あたり、結婚しようかな、って思ってはいるんですけどね」
「それはおめでとうございます!」
リサは我が事のように大声を上げた。「ラブラブなんですね」そして軽く首をかしげて目を細めた。
良平はその笑顔にほっとしたようにため息をついた。
「貴女の笑顔にはとっても癒されます」
「え?」リサはちょっとびっくりして、右手を口に当てた。
「みんなからそう言われませんか? 店長も言ってましたよ。面接の後」
「そ、そうなんですか? な、なんだか恥ずかしいです……」
「春日野さんのほのぼのとした性格が表れてるってことですね。うちの店のペットコーナーには最適かも。実際売り上げも貴女が来てから伸びたし」良平はウィンクをした。
「そ、そんなこと偶然です」リサは顔を赤らめてうつむいた。
その時、背の高い若い男性が焼酎のお湯割りのグラスを二つ手に持って良平のテーブルにやって来た。
「天道部長」
「おお、圭輔君」
「じゃあ、私、失礼します」リサはそう言って丁寧に頭を下げ、その場を離れた。
「新入社員を口説いてたんじゃないでしょうね?」
圭輔はいたずらっぽい笑いを浮かべながら、手に持っていたグラスの一つを良平の前に置いた。
「ばか言うな」
圭輔はしんみりとした表情で良平の顔を見た。「短い間でしたけど、お世話になりました」そしてぺこりと頭を下げた。
「君は貴重な戦力だったんだが……」
「すんません」
「何かあったの?」
「いえ、特に何も、っていうか、通勤に時間がかかるのがネックと言えばネックなんすよね」
「ネック?」
「親がちょっと病気がちなんで、何かあったときに動きにくい、っていうか……」
「そうだったんだね……」
「はい。本当にすんません。そんな個人的なことで、迷惑かけちゃって……」
「ご家族の方が大事だよ。君の優しさがわかったよ。遅まきだけど。で、新しい仕事は?」
「しばらくはコンビニのバイトっすかね」圭輔は頭を掻いた。
「そうそう、沙恵ちゃんとはうまくいってます?」圭輔が突然にやにやしながら言った。
「え? あ、ああ。まあね」
「結婚とかは?」
良平は圭輔からもらったグラスに手を掛けたが、口に運ぶことなくテーブルに戻した。「うん。来年あたりとは思ってるんだけどね」
「そうっすか。部長と沙恵ちゃん、つき合い長いんでしょ?」
「彼女がうちでバイトしてた二年前からだね」
「いいなー。でも俺、沙恵ちゃんには嫌われてましたからね」
良平は思わず顔を上げた。「そうなのか?」
「はい。あからさまに避けられてたんすよ」
「へえ。知らなかったな」
「俺がイヤでバイト辞めたんじゃないっすか?」
「いや、それはないよ」良平は手を顔の前で左右に振った。
「飲んで下さいよ。それ」
圭輔は良平の前に置いたグラスを目で示した。
「え? あ、そ、そうだね」
良平はそれを持ち上げ、一口すすった。ちょっとだけ顔をしかめて、グラスをテーブルに戻した。
圭輔は笑いながら言った。「部長、焼酎は苦手ですか?」
「うん。苦手だ。せっかく持って来てもらって悪いけど」
「すんません。気がつかなくて。無理して飲まなくてもいいっすよ」
圭輔はそれだけ言うと、あっさりとテーブルを離れていった。
少し足下をふらつかせながら、良平は帰途についた。
途中のコンビニの看板を見て足を止めた良平は、しばらくそのまま突っ立っていたが、決心したようにその店に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ!」
若い店員の明るい声がした。そしてレジから良平に笑顔を投げた。
「(沙恵もこんな風に仕事してるのかな……)」
良平は酒の並べられた棚から白い焼酎の瓶とレモンのコンクボトル、冷蔵のキャビネットの扉を開けて炭酸の瓶を取り出した。
自宅に帰り着いた良平は、部屋で今買ってきたボトルをベッド脇の小さなテーブルに載せた。そしてオーディオのスイッチを入れ、CDケースから黄色いラベルのディスクを取り出し、トレイに入れてプレイボタンを押した。静かで艶っぽいクラリネットの調べが流れ始めた。
彼はキッチンからグラスに氷を入れて部屋に持ち込み、焼酎とレモンを入れ、炭酸で薄めてガラス製のマドラーでかき混ぜた。
焦点が定まらず、目の前のグラスがゆらゆらと揺らめいた。
良平はそれを口に持っていって、一口飲んだ。
クラリネット五重奏曲ロ短調作品115(J.ブラームス)
焼酎のつんとした匂いが口から鼻に抜け、良平は思わずむせ返った。
彼はそうしてその一杯の炭酸割り焼酎を長い時間をかけて、渋い顔をしながら飲んだ。飲み干したときには、すっかり氷も溶けていた。
「こんなもの、よく飲めるよな……」
良平はそのままベッドに潜り込んだ。クラリネットの音色が彼の耳の奥に遠ざかり、あっという間に深い眠りに落ちていった。
◆
翌週の水曜日が沙恵の誕生日だった。
丁度その日は、会社の企画会議が夜遅くまで計画されているので、良平は沙恵のマンションを訪ねることができない、と残念に思っていた。それでも、彼女へのプレゼントの指輪は、日曜日に迷いに迷って買った。沙恵の誕生石オパールが埋め込まれた金の細い指輪だった。
閉店間際に事務所に納品書を取りにいった良平は、事務の社員から、企画会議が延期になったことを知らされた。
良平は心の中でガッツポーズをした。
すぐに沙恵に電話して、今夜プレゼントを渡しに行くと伝えたかったが、いきなりマンションを訪ねて驚かすのも一興だと思い、連絡するのを我慢した。
店内の照明を落とし、事務所に戻った良平にリサが話しかけた。
「部長さん、何だか嬉しそうですね」
「え? そう?」
「何かいいことでも?」
「い、いや、今日の会議が延期になったから、早く帰れるって、単純にほっとしているだけですよ」
リサは良平の顔を見た。「部長のその笑顔、私とっても好きです」
「え? 笑顔?」
「はい」
リサはそう言ってにっこり笑った。「私も部長さんの笑顔にはいつも癒されてます。それじゃ、お先に。お疲れさまでした」
「春日野さんも、気をつけて」
良平はリサの背中に手を振った。
小さな雨が降っていた。
従業員用駐車場に止めた自分の車に小走りで向かっていた良平は、フェンス沿いに植えられたひまわりに目をやった。夏の間、眩しく咲き誇っていたそれは、枯れてうなだれた姿を白い街灯の光の中に曝していた。
「ん?」
良平は思わず立ち止まった。
肩を落としたようなひまわりの根本に小さなコスモスの株を見つけて思わずしゃがみ込み、そのしなやかな茎にそっと手を触れさせた。
「こんなところに、コスモスが……」
それはひょろりとした30㌢ほどの丈で、先端には雨の雫をたたえた二つの花が寄り添うように風に揺られていた。
「こぼれ種で生えたんだな……。いつの間に……」
良平は立ち上がり、車に向かった。
マンションの駐車場は、三階の沙恵の部屋の窓の下にあった。良平はバッグの中のラッピングされた小箱を確認して、エンジンを止めた車の中から彼女の部屋の窓を見上げた。
窓は暗かった。オレンジ色の暗い灯りの中に、ちらちらと赤や黄色の光が明滅している。
「またV系バンドのDVD見てるのか……」
良平はため息をついて腕の時計を見た。針は九時半を指していた。
エレベーターから出て、通路を進んだ良平は、沙恵の部屋のドアの前に立った。
「ん?」
部屋の中から、耳障りなハードロックの音楽に混じって人の声がする。
「友達が来てるのかな。にしても、灯りはついてないし……」
良平は耳を澄ませてみた。
「だ、だめ……」音楽の隙間に小さく聞こえる声。それは沙恵の声だ。
良平の胸がざわめいた。
「あ、ああああ……」また沙恵の声。声と言うより喘ぎ声だ。
良平はバッグから部屋の合い鍵を取り出し、音を立てないように鍵穴に差し込んだ。
ゆっくりとドアを開けた良平の耳に、今度は男の声が聞こえた。
「おまえ、好きだろ、こういうの」
良平は足下に視線を落とした。男性用の白いスニーカーが無造作に脱ぎ捨てられている。その脇には白い焼酎の瓶が二本。前回ここに来て見たのとは違うハイボールの缶も置かれている。そしてその缶のブルタブには黒と灰色の粉が押し付けられたようにこびりついている。
「あ、も、もう濡れてる、欲しい! あなたのが欲しいの!」
もうはっきりと沙恵の声が聞こえる。玄関に続く小さなキッチンとバスルームへの入り口の先に、ドアに隔てられた沙恵の部屋がある。
良平の全身は燃えるように熱くなっていた。彼は部屋のドアの前に立って息を殺した。そしてゆっくりと、小さくドアを開けた。
バンドヴォーカルの嬌声が耳をつんざく。
良平は、細い隙間から沙恵のベッドをのぞき見た。
全裸になった沙恵の白い肌を一人の下着姿の男が押さえつけ、手にロープを持っている。
「だ、だめ、ロープで縛ったら跡がついちゃう。良平にばれちゃうよ」沙恵が大声で言った。
男は彼女から身を離すと、肩をすくめた。「そうか、じゃあガムテープで拘束すっか」
良平からは顔が見えないその男は、ベッドから離れて、部屋の隅のキャビネットの引き出しからガムテープを取り出し、ベッドに戻った。「俺としてはロープで縛り上げた方が燃えるんだけどよ」
その男の声には聞き覚えがあった。
ベッド上で両手首をガムテープで拘束された沙恵は、艶っぽい喘ぎ声を上げ、両脚を自ら大きく広げた。
「もう我慢できない、入れて! 圭輔、お願い!」
「(圭輔?!)」
その瞬間、良平は全てを理解した。
玄関先のボトルは圭輔の飲んだ焼酎の空き瓶、ハイボールの空き缶の中にはタバコの吸い殻。
良平は自分でも押さえることができない程、ぶるぶると身体を震わせていた。
「いくぜ! 沙恵」
「来て! 来て! お願いっ!」沙恵が大声で叫んだ。
圭輔は躊躇うことなく、自分のもので沙恵の身体を貫いた。
「きゃあーっ!」高く、それでも甘く吠えるような沙恵の悲鳴が良平の耳を突き刺した。
圭輔は腕を突っ張り荒々しく腰を動かした。
「いい、いいよ、圭輔、いいっ!」沙恵は身体をよじらせ、激しく叫んだ。
二人の身体に汗が光り始めた頃、圭輔は出し抜けにペニスを引き抜き、沙恵の身体を反転させて四つん這いにさせた。そして背後に膝立ちになると、右手と左手で代わる代わる沙恵の尻をひっぱたいた。
バシッ! バシバシッ!
バンドのドラムの強烈なビートに合わせるように、部屋中に乾いた鋭い音が響いた。
何度も繰り返されるその音がする度、良平は胸に鋭い針を突き刺されるような痛みを覚えた。
「いくぜ! 沙恵! おまえもイけっ!」
圭輔は叫び、赤黒く濡れそぼったペニスで背後から沙恵の秘部を貫いた。
「ああああーっ!」
沙恵は顎を上げて大きく喘いだ。
圭輔は激しく腰を動かす。
「このまま出すぞ!」
「い、いや、だめ! 今はだめ! 外に……、ああ、あああ……」
「なんだ、つまんねえな、じゃあイく時抜くからな」
「ごめんなさい、圭輔、あ、ああああ、もうだめ! イっちゃう、あたし、イっちゃうっ!」
沙恵の身体が大きく揺れ、秘部からシーツの上に透明な液体がしたたり落ち始めた。
「イくぞっ! 沙恵っ!」
圭輔も身体を硬直させた。彼は深く埋め込んでいたペニスを引き抜くと、手で握って沙恵の尻にその先端を向けた。次の瞬間、白い液が勢いよく沙恵の背中に放出された。
圭輔の大臀筋がひくひくと痙攣している。
沙恵の秘部から噴き出していた液は、圭輔の太股とシーツをびしょびしょにしていた。
ヴォーカルが絶叫し、ドラムのクラッシュシンバルが弾け、ライブ会場の大歓声が響き渡った。
◆
良平がそのマンションを出た時には、雨は本降りになっていた。
彼は駐車場の自分の車の所に戻ったが、ドアの前で立ちすくみ、じっと沙恵の部屋の窓を見上げたまま雨に打たれ続けた。
良平の手には、沙恵に渡すはずだったジュエリーケースの小箱が握りしめられていた。
「一体、僕は……」
そう呟いてうなだれた良平の頬を、冷たい雨の滴と熱い涙が一緒になって流れ、ぽたぽたと黒いアスファルトの地面にいくつも落ちて、不規則な形の浅い水たまりにいくつもの同心円を描いた。
雨の歌 1.穏やかな出会い|2.突きつけられた真実|3.気づかなかった想い|4.雨の歌|5.アクアマリンのリング
ホーム|Chocolate Time シリーズ 本編第1期 本編第2期 外伝第1集 外伝第2集 外伝『雨の物語集』 外伝第3集|Chocolate Time シリーズ総合インフォメーション