Twin's Story 外伝 "Hot Chocolate Time" 第2集 第10話 幻影タイム

〈5.雌狐の村〉

 

 ――明くる日。

 山を下り、四人は再びあの『鎮守が森艶姿雌狐親子食堂』に立ち寄った。

 

 春菜は麦茶を運んできたおばちゃんに唐突に質問した。

「あの、この山の森には、何か伝説みたいなものが、あったりするんですか?」

「伝説?」

「ええ。このお店も『鎮守が森艶姿雌狐親子食堂』っていう名前だし、鎮守が森、っていうからには何か言い伝えみたいなものがあるんじゃないかと……」

 

「何かあったのかい?」おばちゃんは目を輝かせて四人が座ったテーブルに椅子を運んできて座り込んだ。

「ええ、ちょっとだけ……」おばちゃんから目をそらして、春菜は言葉を濁した。

「何かあるんだな……」修平が夏輝に耳打ちした。

おばちゃんはにこにこ笑いながら言った。「わかった。話してやっがら」

 

「わしらはね、このお山に守られてるんだよ。んだがらわしらもお山を守ってるんだ。ほんで『鎮守が森』。大昔からそう呼ばれてんのさ。この山の水と空気で、ここいらの年寄りはみいんな元気で長生きできるんだよ。」

 よくしゃべるおばちゃんだった。四人に相づちを打つタイミングすら与えなかった。

「お山の守り主は親子の白狐さまだ。母親と娘。あんたらが泊まったキャンプ場の近くにあっただろ? 小っちぇえ祠が。あそこで時々白狐様が気まぐれに儀式をされるんだ。豊穣祈願の。命を産み育てるお山が実り豊かであるように、っちゅう儀式。」

「儀式……っすか」修平がすかさず口を挟んだが、すぐにおばちゃんに遮られた。

「お山と同衾する儀式さね。同衾ってわがるか?セックス、性交、エッチ、まぐわい、」

 

 四人は焦って周囲を見回し、一様に赤面した。

 

「人間の精をお山に振りまくっちゅう儀式なんだよ。言ってみりゃ、お山を妊娠させるっちゅうことだわな」

 

 そこまで言って、おばちゃんはにやりと笑って修平と健太郎を見比べた。

「で、どっちがお山の相手をしたんだい?」

「こいつです」修平が健太郎の右手を持ち上げた。健太郎は慌てた。

「そうかい。ありがとさん。これでまたしばらく村も元気で安泰だわ」おばちゃんはまたにこにこ笑った。「で、何にするんだい? 注文」

「あたしはそば」夏輝が言った。

「私はうどんにしようかな」春菜が言った。

「俺もうどんとおいなりさん二皿」

「あいよ」おばちゃんは健太郎に目を向けた。「お山の婿殿のあんたは?」

 

 修平が横から言った。「親子丼に決まってるよな、ケンタ」

 

「えっ? な、なんでだよ」

「だっておまえ、実際に体験したんだろ? 親子丼」

「ばかっ!」

「すぐ持ってくっかんね」

 おばちゃんはそう言ってテーブルを離れた。

 

「って、親子丼って、まさか狐の肉と卵の丼?」修平が言った。

「あほかっ! 狐が卵産むかよ」

「小さく刻んだ油揚げの入ったとじ卵と大きな一枚の油揚げ、みたいだよ」夏輝が言った。

「なんで知ってんだ? おまえ」

 夏輝は目だけを動かして隣のテーブルを見た。「横の人が食べてる」

「なるほどな」

 

 

 春菜が前に座った修平と夏輝をちらりとみた後、健太郎に向かって言った。「私もケンと一緒に露天風呂に入ればよかったな……」

「えっ?!」健太郎は驚いて春菜の顔を見た。「な、なに言ってるんだ、ルナ。入ったじゃないか、いっしょに」

「えー、私行ってないよ」春菜はそう言って修平にそっとウィンクした。

 

 修平が言った。「おまえ一人で風呂に行っただろ」

 夏輝も言った。「そうそう。春菜、夜の森が怖いからどうしても行きたくない、って言って、行かなかったよね」

「私、天道くんたちとコーヒー飲んでたよ」

 

「そ、そんなばかな! だ、だって、あの時、ルナ、風呂で俺と、えっと……、その、つ、繋がったじゃないか」

「繋がった?」修平が眉間に皺を寄せた。「誰と?」

「だ、だからルナとだよ」

「もしかして……」夏輝が顎を手で支えて健太郎を上目遣いで見た。「その春菜、あの雌狐さまだったんじゃないの?」

 

「えええっ!」健太郎は大声を出して思わず椅子から立ち上がった。

 

「って、嘘だよ、ケン」春菜がにこにこ笑いながら健太郎の手を取った。「あなたが抱いてくれたの、正真正銘の私よ」

「なっ!」健太郎は息を整えながら座り直した。「悪い冗談やめてくれよ。まったく、みんなで俺をからかって……」

「わっはっは!」修平が大声で笑った。「春菜も役者だぜ」

 

「でも、知ってた? ケンちゃん」夏輝がにこにこ笑いながら言った。

 健太郎は麦茶を一口飲んで目を上げた。「何を?」

「あのお風呂、子宝が授かるっていう効能があったらしいよ」

「え? ほんとに?」

「そう」修平が言った。「小屋の裏手に石碑みたいのがあってよ、それに書いてあったぜ。『子宝の湯』ってな」

「へえ」

「そうだったんだー」春菜は健太郎を見て微笑んだ。「気づかなかったね」

 

「も、もしかして、授かった? ルナ」健太郎が恐る恐る訊いた。

「ケンとの赤ちゃんは、とっても欲しいけど、残念。今は安全期」

「そ、そうか……」健太郎は赤面して、また湯飲みを口に運んだ。

「もし、昨夜できてたら、お山の子と腹違いの子になってたところだな」修平が面白そうに言った。

「な、何だよ、『お山の子』って」

「おまえ、お山を妊娠させたんだろ?」

「ケンちゃんの遺伝子を持ったリスとかドングリとかが生まれるってことでしょ」

「そんなばかな」

 

「また行きたい。私、ケンとあの温泉に」

「あんなに怖がってたのに?」

「だって、素敵な時間だったんだもん」春菜はうっとりした目で健太郎を見た。

「まさか……」健太郎は春菜の頬を両手で包みこんで、しげしげと顔を見た。「このルナも雌狐さまが化けてたりして……」

「うふふ……」春菜は上目遣いで微笑んだ。

 彼女の目元にほくろはなかった。「大丈夫みたいだな」健太郎は春菜から手を離した。

 

「ケンちゃんのおかげで、この村も安泰だね」夏輝がにこにこしながら健太郎の顔を見た。

「だけどよ、なんで俺じゃなくてケンタだったんだ? 俺だって雌狐さまにたぶらかされてお山とエッチしたかったぜ」

「ケンがおいなりさんお供えしてあげたからじゃないかな。それに」春菜が健太郎を横目でちらりと見た。「人並み以上にいっぱい出すからだよ。きっと」

 

「ルナっ!」健太郎が赤面して春菜を睨んだ。「恥ずかしいコト言わないでくれっ!」

 

「そっか、そうだよね」夏輝が言った。「ケンちゃん、大量に出すんだってね。春菜に聞いた」

「大量に? おお! そうだったな、ケンタ、昔からいっぱい出してたよな」修平がおかしそうに言った。

「昔から?」

「そう。中学ん時から、俺、ケンタには量も、反射回数も、飛距離も勝ったことは一度もねえ」

「飛距離?」春菜が修平の顔を見た。「何? 『飛距離』って」

「飛ばし合いのことでしょ?」夏輝が言った。

「その通り。俺たち、学校帰りの河原でたびたび、」

「もうやめてくれっ!」健太郎は思わず叫んだ。そしてますます赤くなって、縁の欠けた湯飲みを口に運び、黄金色をしたその極上の麦茶を飲み干した。

 

「お待ちどうさん!」おばちゃんが四人が注文したものを運んできて、白い手でテーブルに並べた。

「あ、麦茶のお代わり、いただけます?」春菜が健太郎の湯飲みを持ち上げた。

「あいよ」おばちゃんが健太郎の湯飲みを受け取った。「うまいだろ? お山の水」

「はい。とっても」春菜はにっこりと笑った。

 

 おばちゃんは四人の湯飲みを盆に載せた。「すぐ持って来てやっから」そして早足で厨房に向かった。

 

 

「ごっそさん!」修平がそう言いながら厨房脇のレジに立った。

 麺を茹でていた中年女性が、タオルで白い手を拭きながらやってきた。「ありがとさん」

 その声は接客をやっているおばちゃんとそっくりだった。

「やっぱり親子に間違いないね」春菜が健太郎に耳打ちした。健太郎は微笑みながらうなずいた。

 

 店を出て、健太郎が乗ってきたワゴン車のドアに手を掛けた時、すぐ後に暖簾をくぐって出てきた初老の男性が爪楊枝を咥えたまま四人に声を掛けてきた。

「あんたら、お山でキャンプしたんかね?」

 春菜が振り向いた。「そうです」

「よくもまあ、あんな何にもねえとごでキャンプしようなんて思ったなあ」

「でも、温泉もあったし、なかなかよかったですよ」

 

「温泉?」そのおじさんは怪訝な顔をした。「どごに?」

「え? あの、キャンプ場の奥の森に」

「温泉なんが、ねえぞ、あの森にゃ」

 

 健太郎が身体をおじさんに向けた。「岩で囲んだ露天風呂……なんですけど」

「子宝の湯って石碑もあったよな」修平が夏輝に言った。

「お湯が湧くようなとごじゃねえで、ここは」

「ど、どういうこと?」春菜は健太郎の顔を見た。

「その風呂に入ったんけ?」

「はい……」

 

 おじさんは爪楊枝を手に取って少し考えた後、微笑みながら言った。「白狐さまのサービスだったんかもしんねな。久方ぶりのお客だし」

 わははは、と豪快に笑いながら、また爪楊枝を咥えてそのおじさんは去って行った。

 

 

 車を発進させながら、健太郎は助手席の修平に顔も向けずに言った。

「さっきの話……。どう思う?」

「おまえ、狐さまにたぶらかされてエッチした本人じゃねえか。あるんじゃね? そういうこと」

 

「どこまでが現実で、どっからが幻かわからなくなってきた……」

 

 リアシートから夏輝が二本の缶コーヒーを前の修平に渡した。「ケンちゃんにも」

「ありがとう」健太郎が言って、左手をハンドルから離してその一本を修平から受け取った。

 

「気づいてた?」

 夏輝の隣に座った春菜が唐突に口を開いた。

「何が?」健太郎が応えた。

 

「お店やってた親子の女の人、二人とも左目の下にほくろがあったんだよ」

 

 

2013,11,22 初稿脱稿

 

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《幻影タイム あとがき》

 狐の手足(基本四本とも足ですけど)の先は本来黒ですが、このお話で話題になる狐は『白狐』なので、足先も白です。

 狐が人間に化ける、化けて悪戯するという民話や伝承は非常に多くて、世界中に語り継がれています。その中でも女性に化けてオトコをたぶらかす、という話の多いこと! そもそも『キツネ』という言葉は『来つ寝』という語呂合わせが語源だという説もあります。

 さて、今回の登場人物、健太郎、春菜、修平、夏輝の四人は同じ工業高校の出身。

 健太郎と修平は工業化学科、夏輝は情報システム科、そして春菜はデザイン科に在籍していました。春菜だけは高校で勉強したことが先の進路に結びついていますが、あとの三人は現在就いている職業と直接的な関連はありません。まあ、修平については部活でがんがん活躍していたわけで、その体育的能力を活かして、体育の先生の道を歩んでいるのですが。

 ケンジの血を引く健太郎とは、彼の遺伝子をいろいろ受け継いでいます。見た目もかなり似ていてシャイさ加減も、特にケンジと健太郎はほぼ同じ。そして何よりイく時に出す『液』の量、勢い、反射回数は人並み外れて優れています(笑)。それはアダルト小説を書くときに、何かと便利なファクターで、彼らの行動や周りの反応を独特のものにしてくれています。その代表的なシーンは、何と言ってもケンジが酒に酔ってミカの身体にぶっかけるエピソード5『Liquor Chocolate Time』。龍のそのものずばりをテーマにしたのが外伝第1集第10作『一人エッチタイム』。健太郎も、ミカと繋がった外伝第1集第8作『AVタイム』春菜のバースデーパーティの夜の本編エピソード9『Almond Chocolate Time』などで豪快に発射してくれます。

 豊穣を願って自然を相手に人間のオトコがセックスをする、という儀式はアフリカにもあるらしくて、大地に穴を掘って、そこにペニスを差し込んで射精する、という方法だということを聞いたことがあります。

Simpson

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