Twin's Story 外伝 "Hot Chocolate Time" 第2集 第12話

〈9.昔話〉

 

 ミカと龍は二人とも下着を身に着け直して、ベッドで抱き合っていた。龍はミカの胸に顔を埋めていた。

「懐かしいね。おまえが赤ん坊の頃、こうしてあたしの胸に顔を埋めて眠ってたよ。かわいかったし、愛しかった」ミカは龍の頭をそっと撫でた。

「俺、幸せだよ。父さんにも母さんにもこんなに愛されて育ったんだから」

 

 ミカは龍の頭に手を掛けて、自分の方に向けた。「龍、あたし、今初めておまえに打ち明けるんだけど、実はね、あたし最初はお前を産むつもりはなかったんだ」

「え?」

「いや、誤解しないでくれよ、子どもが嫌いだった、ってことじゃなくて、あたしケンジと二人だけでずっと暮らしていけるだけで満足してた。別に子どもなんて欲しくなかったんだ」

「そうなの?」

 ミカは龍の背中に腕を回してぎゅっと抱きしめ、彼の耳元で小さく囁いた。「でもケンジが、どうしても欲しがったんだ」

 龍も小さな声で言った。「なにか思うところがあったのかな……」

 

 ミカは腕を解き、龍の目を見ながら言った。

「ケンジはさ、妹のマユミとの間にすでに一人、子どもをもうけてただろ?」

「ケン兄(健太郎)だね」

「そう。そのことで、あたしにかなり大きな負い目を持ってたらしいんだ」

妻との間にできた子じゃないケン兄の存在が、ってこと?」

「ま、そんなトコだね。でもあたしは別に気にしてなかったし、健太郎もケネスとマユミのちゃんとした子だし、なんでケンジがそこまで拘るのか、理解できなかった」

 

「わかるような気がするな。父さん、やっぱり母さんとの愛し合いの証しが欲しかったんだよ。何度もセックスして、感じ合って、抱き合って幸せな気持ちになっても、夜が明ければ元通りだろ? 言い古された言葉だけどさ、夫婦である二人の愛の証しが欲しかったんじゃない?」

「そうだね。たぶんその通り。でさ、あたし、妊娠して、お腹がだんだん大きくなっていくにつれて、気持ちがどんどん変化していった。この子を守りたい、守らなきゃって」

「母親になっていった、ってことだね」

「あたし、独身の時は絶対自分はそうならない、っていう自信さえあったんだ。子どもを孕んでも、そんな気持ちになんかなりっこないってね。でも、やっぱりあたしも普通のオンナだったね」

「母さんがそんな気持ちにならなかったら、俺、虐待されて、今頃はこの世にいなかったかも」

「大げさだぞ」ミカは笑った。そして続けた。「だから生まれてすぐのサルみたいなおまえを見た瞬間、あたし涙が止まらなくなっちゃってさ、もう愛しくて、可愛くて、目の中だろうが口の中だろうが入れて歩きたいぐらいだった」

「ありがとう、母さん。俺、本当に幸せモノだ」龍は少し涙目になっていた。

 

「でもな、ケンジはおまえが生まれた日から俄然張り切りだしちゃって」

「何に?」

「おまえをあたしに独占させてたまるか、って」

「へえ」

「赤ん坊の食欲を満たすってことはあたしにしかできないから、それ以外のことを、とにかくやらせろ、やらせろ、ってもう、しつこいったらなかったよ」

「そんなに?」

「風呂はもちろん。おむつ替えも、寝かしつけも、沐浴も、おんぶして散歩も、検診も、予防接種も、もうありとあらゆる育児を彼はやってくれた」

「知らなかった。父さんがねえ……」龍は笑った。

「おかげであたしは楽だったけどね」ミカも笑った。「でも、彼にとってのライバルが突然出現した」

「え? ライバル?」

「そ。おまえの世話をしたがるやつが、もう一人出し抜けに現れたんだ。おまえが3つの頃だったかな」

「え? 誰?」

「なに? おまえ覚えてないのか?」

「覚えてるわけないよ。まだ3つだったんだろ?」

 

「真雪だよ、真雪」

 

「えっ?!」

「あの子はちっちゃいおまえの世話するのが大好きでな、もう、ほとんど弟扱いだったぞ。自覚なかったのか? おまえ」

「小学校に上がってからの記憶はある。確かに彼女はずっと俺の世話をしてくれてたよね。ちょっと鬱陶しくもあったけどさ」

「そんなこと言って。結局その真雪とつき合って、セックスしまくって、結婚して、子どもまで作っちまったじゃないか」

「そ、そうだね……」

 

 ミカは目を細めて龍を見つめた。「真唯も健吾も愛情たっぷりで育ってるじゃないか。おまえと真雪が上手に子育てしてる証拠だよ」

「どうかな。まだまだ手探りだよ。まだ4歳だし、双子だし。それに母さんや父さんが一緒に暮らしてくれてる、ってことは大きいと思うよ。感謝してる。ありがとう」

「孫はまた格別なんだ。でもそれも若い頃は思い及びもしなかったことだけどね」ミカはウィンクした。

「ケニー叔父さんとこで迷惑かけてないかな、あの二人……」

「ケネスもマユミも日頃からめちゃめちゃ二人を可愛がってくれてるじゃないか。きっと喜んで相手してくれてるよ」

「健吾も真唯も幸せ者だね。でも、駆栗鼠(クリス)ちゃんと瑠偉(ルイ)くんもいるだろ? 二人にも手が掛かるんじゃない?」

「そうだな、まだ瑠偉は1歳だから春菜がつきっきりだろうけど、駆栗鼠は2歳、健吾や真唯でももう十分相手できる歳だよ」

「そうだといいけどね」龍は少し困ったような顔をした。

 

 真雪の実家シンプソン家の、彼女の双子の兄健太郎とその妻春菜の間には、今年2歳になる女の子駆栗鼠(クリス)と1歳になる瑠偉(ルイ)の年子の姉弟が生まれていた。

 

 「瑠偉くん、1歳だったら、まだおっぱい飲んでるよね」龍はまたミカの乳房に顔を埋めた。

 

「そうそう、」ミカが笑いをこらえながら言った。「おまえがさ、あたしのおっぱい飲んでると、ケンジもやってきて、もう片方のおっぱいを咥えて吸ってた」

「えー? ホントに?」龍は驚いて顔を上げた。

「結局あの人も、おまえに嫉妬してたんだよ。愛する妻をおまえにかすめ取られたわけだからね」

「笑える! でも、今のこの状態も同じようなものだね。俺が母さんを寝取ってる」

「あはは、そうだね。でも今回はお互い様だろ。だって、代わりにおまえの最愛の妻をケンジが寝取っているわけだからね」

「それもそうだ」

 

 ミカと龍は笑い合った。

 

「んー、昔話で身体の火照りが冷めちまったな、龍。ごめんな」

「気にしないで。俺もいい話聞かせてもらって、ますます母さんが好きになったよ」

「そうか。じゃあ、もう一度、盛り上がるか、二人で」

「そうですね、母上」

 

 

「覚えてるか? 真雪」新しい下着を穿き直した後、ケンジがベッドの端に座り、真雪の肩を抱いて言った。「おまえ、幼い龍の世話、ずっとしてくれてたよな」

 真雪はシンプルなランジェリー姿でケンジの肩に寄りかかった。

「そうだったね。あたし、龍のこと、ほとんど弟だって思ってたから」

「実はあの時、俺、かなり悔しい思いをしてたんだぞ」

「え? ケンジおじが? どうして?」

「一人息子の龍をミカに独占させてたまるか、ってかいがいしくヤツの世話をしてた。授乳以外は全部俺がやってたようなもんだ」

「そんなに?」真雪はおかしそうに言った。

「その甲斐あって、龍は俺に相当なついてた」

「今もじゃん」

「ま、その時の努力の賜(たまもの)だな。でもな、龍が3つの時あたりから、おまえ、うちにしょっちゅう出入りするようになっただろ」ケンジは真雪を睨み付けた。

「そうだったっけ? あたしが小学校に上がったころ、かな?」

「そうだ。それから龍はあっさりおまえになついちまって、俺は孤独感に苛まれてた」

「大げさだよ、ケンジおじ」真雪は笑った。

「遊園地につれてってやる、って言った時、龍が『マユ姉ちゃんといっしょじゃなきゃいやだ。』って叫んだのを聞いて、俺はついに敗北した、って思ったね」

 

「ごめんね、おじさん。あたしが龍を奪っちゃったんだね」

「結局そのまま龍はおまえとつき合い始めて、毎夜のように抱き合って、愛し合って、結婚して、子どもまでもうけちまった。完敗だ」ケンジは笑った。

「じゃあ、今夜はお詫びの意味も込めて、あたしケンジおじにたっぷり抱かれてあげる」

「そうだな。ひとつ仕返ししてやるか、真雪に」ケンジはいたずらっぽく笑った。

「お手柔らかにね」

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