Chocolate Time 外伝 第3集 第7話
そのチョコを食べ終わる頃には
第3章「そのチョコを食べ終わる頃には」 3
交番の市民相談室で利恵と向かい合った遼は、ひどく切なそうな目をした。
「先生は悪くない。僕はそう思います」
「ありがとう。秋月くん。でも私のやったことは許されることじゃない。高一の貴男を誘惑したり、妻子ある男性と不倫したり……。私って淫乱な女なのよね……」
遼は小さく首を振った。
「先生の行動には、ちゃんと理由があるじゃないですか。軽率に訳もなく、闇雲に手当たり次第男性を求めてる訳じゃない。僕には理解できるし、責める気持ちにもならない」
「そう……」
「それに、剛さんとの約束をちゃんと守っているじゃないですか。今もご存じないんでしょう? 剛さん」
利恵は頷いた。
「……いいと思います。それで」
遼は少し躊躇ったようにそう言って茶をすすった。
「でも、私『本気にならない』っていう約束を、危うく反故にするとこだったの」
遼は思わず顔を上げた。
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「イくっ! 出るっ!」
沖田は顎を上げて叫んだ。私も大きく腰を揺らしながら言った。「イって! イって!」
ぐううっ、という声を上げて、沖田は腰をぶるぶると震わせた。その瞬間、彼の身体の中で渦巻いていた熱い奔流が、被せられた薄いゴムの中に迸った。
あれから私と沖田は二週に一度ぐらいの間隔でその火照った身体を重ね合わせていた。
ベッドの上に二人とも仰向けで横になっていた。私は沖田の胸を撫でながら言った。
「ご家族には気づかれてないの?」
「大丈夫」
沖田は私の髪を撫でた。
「君は?」
「はい。心配しないで」
そう、良かった、と言って沖田は小さなため息をついた。
「思えば、初めて君とこうして抱き合った夜は、ゴムを使わなかったね。ごめんね」
私は恥ずかしげに言った。
「私にもそれに気が回るほどの気持ちの余裕はありませんでした。もうただ欲しくて欲しくてたまらなかったから」
「安全日だったの?」
「ぎりぎり……かな。ホテルを出て、少し不安になりました。でもちゃんと生理が来ました」
「ホントにごめんね」
沖田はまた私の髪を優しく撫でた。
「沖田さんって、優しいですね」
「え?」
「行為の時、あんまり野獣にならないですね」
「巷のオトコは野獣になるものなの?」
沖田は悪戯っぽく訊いた。
「ならないものなんですか?」
「ドラマの見過ぎだよ」
沖田は笑った。
「でも、絶倫」
「え?」
「だって、私とこういう所に入る時は一回で終わらせたこと、今まで一度もないじゃありませんか。前回は三度も天国に連れていかれて、私へとへとでした」
沖田は困ったような顔で笑った。
「それはね、きっと道ならぬ行為というファクターが、気持ちと身体を燃え上がらせているせいだと思うよ」
「秘密の行為だから?」
「そう」沖田は数回目をしばたたかせて続けた。「僕も君も家庭を持っている。二人の関係は、いわゆるダブル不倫。道義的に許されないこと。そういう後ろめたさや罪悪感が逆に僕の行為を大胆に、激しくしてるんだと思う。君もそうなんじゃない? いつも、学校での普段の君らしくない激しさだし」
「そうかも……知れませんね」
「それに、何より君の身体は素敵だ。柔らかくて、良い香りがする」
沖田は照れて頬を赤く染め、私を見つめた。
その時、危うく私はじゃあ、奥様と私とどっちが燃える、と訊いてしまうところだった。
「私のこと、好きにならないで下さいね、沖田主任」
私は沖田の鼻を軽くつついた。
「わかってる。わかってる」
沖田は何度も頷き、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「シャワー、浴びて来ます?」
「そうだね。君は?」
「一緒にいいですか?」
沖田は笑った。「そうやって毎回甘えられたら、いつか君を好きになってしまうかも知れないよ」
私と沖田は一緒にシャワーを浴びる時、決まってその身体を洗いながら、再び高まり合うのだった。この禁断の時を繰り返す度に、その行為も大胆になっていき、ある時はバスルームで繋がり合い、立ったままシャワーの中で一緒に弾けたこともある。バスタブの中でもつれ合って、張られたお湯に浸かったまま絶頂を迎えたこともある。
「今日はどうする?」
「ベッドがいいかな……」
私は沖田と額をくっつけ合って恥ずかしげに笑った。
沖田は私の脚を広げさせ、その中心を舌と唇で刺激した。私はもう抵抗なくその行為を受け入れ、ベッドの上では躊躇うことなく思い切りその快感に喘ぎ声を上げ、大きなため息をつきながら身を震わせた。
それから今度は私が彼の持ち物を両手で包み込んで、舌を這わせた。漏れ出ていた透明な液が糸を引いて私の舌先と繋がった。そしてそれを咥え、深く喉の奥で味わった。沖田もそれを受け入れ、遠慮なく喘ぎ声を上げた。私はそれまで男性のペニスをこうして口で扱うことにあまり積極的ではなかった。どちらかというとその行為は苦手だった。結婚前の剛に対しても数えるほどしか、しかも半ば義務的にやっていたに過ぎない。それなのに、何故か沖田のものには抵抗がなかった。逆に自分の中に何度も入ってきて、この全身を燃え上がらせてくれたそれをひどく愛しく感じ、ずっと口や舌で味わっていたいと思うようになっていた。
沖田は息を弾ませながら言った。
「も、もう、挿れたい。利恵ちゃん、いい?」
いつしか彼は私のことを『利恵ちゃん』と呼ぶようになっていた。
きて、と私は言って、四つん這いになった。
沖田は起き上がり、枕元の避妊具を手に取ると、私の背後で膝立ちになった。そしてするするとその薄いゴムを硬く天を指していた武器に被せ、唾液で濡らした先端を私の潤って液を滴らせ始めていた谷間にぬるぬると擦りつけ始めた。
「焦らさないで……」
私は顎を上げて懇願した。
沖田は私の腰を両手で押さえ、再び力を得て鋭く直立したその肉体の一部を私の身体の奥深くにぐいと挿入し、すぐに腰を大きく前後に動かし始めた。
「あ、あっ、」
私は猫の背伸びのように弓なりに背をそらして身体中に広がる快感に身を委ねた。
「ああ、沖田さん、気持ちいい……もっと、もっと……」
「僕も……」
次第にその動きが大きくなり、やがて二人の全身に汗が光り始めた頃、私の身体に出し抜けに電気に触れたような衝撃が走り、生まれて今まで感じたことのないような激しい快感が襲いかかった。
「あああーっ!」
全身を小刻みに震わせ、目を剥いて私は上り詰めた。
その熱い武器を大きく出し入れさせていた沖田は動きを止め、荒い呼吸を繰り返しながら、一度身体を私から離した。そしてすぐに私の身体を仰向けにして覆い被さり、目を見つめながら訊いた。
「イったの?」
私は恥ずかしげに頷いた。
「ごめんなさい、貴男もイって……」
その言葉を聞いた沖田は、すぐに私の敏感になった秘部に、その武器をずぷりと挿入させた。
んんっ、と私は仰け反り、ぎゅっと目を閉じた。そして身体の奥の方から再びぞくぞくとした快感が湧き出てくるのを感じていた。
沖田はすぐにまた大きく腰を上下させた。二人が繋がり合った場所から全身の隅々に向かって、熱い痺れが繰り返し怒濤のように広がっていく。
「イっていい? 利恵ちゃん、イく、もうすぐ」
沖田がそうやって絶頂を予告する声で、条件反射のように私の身体も上り詰めた。
「イって、沖田さん!」
「出、出るっ!」
そして喉元でいつものうめき声を上げた沖田は、ふるふると身を震わせながら弾けた。
どくどくっ!
発射される彼の精液の勢いは、いつも二回目にも関わらず薄いゴムを隔てていてさえ私の身体の中で感じることができた。そしてそのことで、私も躊躇わずクライマックスを迎えることができた。その現象も二人のこの秘密の時間では毎回のことだった。
▽
「つまり……」
遼はテーブルの上で指を組み、利恵を見た。
「先生はその沖田さんに本気になりかけていた、ということなんですね?」
利恵は小さなため息をついて頷いた。
「身体の疼きを解消してくれるためだけの相手だと思っていたけど、甘かった。ああやって何度も肌を合わせていれば情も移るってことはわかってたことなのにね。想定外……いや想像以上だった……」
「僕も……そうだった」
利恵はうつむいていた顔を上げた。
「高一の時先生に何度も抱かれるうちに、恋愛感情がどんどん膨らんでいきましたから」
「秋月くん……」
「先生とお別れする時には、もうこの人を離したくない、っていう気持ちになってたんですよ、本気で」
遼はウィンクをしてみせた。
「そうなんだね……罪作りなこと、しちゃったね、私」
「身の程知らずでしたね、高一の分際で」遼は照れ笑いをした。「でも、それから物理的に離れてしまうと、日に日に先生のことは過去の思い出になっていったのも事実。先生が仰った通り、あの大人のチョコレートのお陰で不思議とすっと想いが消えていきました」
「あのシンチョコのブランデー・チョコ?」
遼は頷いた。
「でも箱に入った9個のうち、最初の2個は泣きながら食べました」
遼は照れた様に笑った。そして利恵に目を向け直し、躊躇いがちに訊いた。
「沖田さんとの関係は、その後……」
利恵は遠い目をして言った。
「秋月くんの言う通りね。私も沖田主任とは離れ難くなってしまってた。あの時はもう第三者の誰かが二人を強制的に引き離すしか、方法は残ってなかったのよね」
「第三者の誰か?」
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学期末三月。いろいろなことがあった一年の締めくくりの時期になり、二年生担当の職員の間には穏やかな充実感が広がっていた。
「なんか、やり切った感、ありません? 篠原先生」
職員室の隣の席に座った数学教師田辺が言った。
「やり切ってどうするの? この子たちをあと一年、責任持って育て上げて卒業させなきゃ」
「先生、四月からもこの学年希望されたんですか?」
「当たり前でしょ」
「沖田主任含めてこのままのスタッフで持ち上がりたいですね」
生徒に渡す最後の通知表のデータ算出も終わり、学期末のそわそわ感が学校を支配し始めた頃、教職員異動内示の日がやってきた。
私は校長室に呼ばれ、あっさりと現任校留任と告げられた。この学校に赴任して一年目だから当然だった。私が校長室を出て職員室に戻り、午後からの授業の準備をし始めた時、田辺がいつになく深刻な顔で私に告げた。
「知ってましたか? 篠原先生」
「何を?」
「沖田主任、転勤だって」
「えっ?!」
それを聞いた私の喉元に熱い固まりが上がってきた。
「教頭として、ですって」田辺は遠慮なくため息をついた。「確かに彼、もう六年もここにいるわけだけど……でもあと一年、僕らと一緒に三年生まで受け持ってから転勤して欲しかったですよね」
「そう……なの」
「二年生の終わりで生徒たちを投げ出すみたいで、沖田先生本人もいたたまれないでしょうね。まあ教頭になったのなら仕方ないことなのかも知れないけど……」
その二日後、私と沖田は、町外れのホテルで最後の夜を過ごしていた。
「ショックです」
私は言った。
「僕もだ」
「ずいぶん遠くの学校に行ってしまうのね……」
私はベッドの縁に腰掛け、沖田の肩に頭を載せてため息をついた。
「教頭は全県下が異動範囲なんだ」
「西の端の県境にある学校なんでしょう?」
「ああ、小さな小学校だね。昨日電話してみたら、児童数が80人足らずなんだそうだよ」
「……教頭試験を受けられてたんですね。知らなかった」
沖田は申し訳なさそうに言った。
「校長にずっと勧められてたしね」
「にしても、ちょっと思いがけないタイミング。私たちと一緒にあの子たちを三年生まで持って下さると思ってました」
「僕もそう思ってた。異動のヒアリングの時も、何度も校長に確認したんだけど……」
「校長先生は何て?」
「十中八九留任だろう、って仰ってた。だから僕も校長先生も蓋を開けてびっくりだよ」
「そう……」
しばらく二人の間に沈黙の時が流れた。
「……また会えますか?」
私は思い切って訊いた。
沖田はひどく切ない顔をして首を振った。
「もう……」
「また会いたい……」
私はこぼれた涙を乱暴に拭って、沖田を睨みつけた。
「ごめん。けじめをつけよう」
「けじめって何?」
私は大声を出した。
「君も言っていたじゃないか。『本気にならない』って」
私は唇を噛んで黙り込んだ。
「僕たち……僕と君の家族のためにも……」
私の脳裏に夫剛と息子遙生の面影が浮かんだ。
「天の計らい……だと思って」
気づいた時には私と沖田は何も身につけずきつく抱き合っていた。今まで何度もそうしてきたように唇を重ね、舌を絡め合い、脚を交差させながら肌を、もう二度と味わうことのできない、その汗ばんだ肌の感触を確かめ合った。
そして仰向けになった私の身体を抱きしめながらまた熱いキスをした後、沖田は枕元に手を伸ばした。私はとっさにその腕を掴んだ。
「え?」
「ごめんなさい、最後のわがままを聞いて」
沖田はじっと私の目を見つめた。
「そのまま来て。最後に貴男と直に繋がり合いたい」
「利恵ちゃん……」
しばらくの間私の目をじっと見つめていた沖田は、決心したように私の両脚を抱え上げ、何も纏わないその硬く天を指したものをゆっくりと私の身体に挿入させていった。
今までとは違う甘美な痛みを伴ったざわざわとした快感が全身に走り、私はああ、と甘い声を上げ彼の背中に手を回し、爪を立てた。
すぐに沖田は腰を大きく動かし始めた。私はすでに上り詰めようとしていた。
「イく! 出るっ! 利恵っ!」
沖田はその絶頂の瞬間に、私を初めて呼び捨てにした。
「沖田さん!」
私は涙をこぼしながらさらに強く彼の身体を抱きしめた。
どくっ、どくどくっ!
沖田の熱い精液が、その想いと共に私の身体の奥深くに放出され、同時に私の全身に痺れと沸騰した奔流が渦巻いた。
腰を大きく脈動させながら、沖田は私の背中に回した腕できつく抱きしめながら、耳元で子供のようにしゃくり上げていた。私の目からも止めどなく涙が溢れ、耳介を伝ってシーツにぽたぽたと落ちた。