Twin's Story "Chocolate Time" 外伝第3集 第4話
アダルトビデオの向こう側
サイド・ストーリー『海山和代の初体験』
「じょ、冗談じゃない!」
ケンジはピンクの花柄のシーツの上で身体を起こし、大声を出した。
「な、なんで俺が海山和代と」
「いや、あたし前から思ってたんだよね」
ミカが仰向けになったまま両腕を枕にして言った。
「あたしたちのセックス・セラピーの仕事をやる上で海山和代は重要なスタッフの一人。でもあいつはまだ男性経験がない処女なわけでしょ?」
「そうだけど……」
「セックスの時の身体の反応とか、その時の気持ちとかって、やっぱり経験がなきゃわかんないことが多いじゃない」
「まあな」
「あいつは医者だから、解剖学的なことは熟知してても、実際のエッチのことは何もわかってないわけでしょ? だからちゃんと経験した上でクライアントを診察したり助言したりするべきだと思うわけよ」
「そりゃそうだけどさ……」
ケンジはあからさまに困った顔をした。
「で、でもなんで俺がその相手にならなきゃいけないんだよ」
ミカは横目でケンジを見た。
「だって、あいつには彼氏なんかいないじゃない」
「いないのか?」
「いないに決まってるでしょ。あの性格じゃ無理だと思うよ」
「わからないぞ、ああいうのが好きっていう男がいるかもしれないじゃないか」
「そうだといいんだけどね」
ミカは笑いながら両手を伸ばしてケンジを求めた。
ケンジはミカに覆い被さり、そっとキスをした。
「もう一回?」
ミカは頬を染めてコクンとうなずいた。
◆
「いません」
海山和代が口をもぐもぐさせながら即答した。そして皿の上のガトーショコラの最後の一切れをフォークで刺した。
「今までつき合った男とかいなかったのか?」
ミカはテーブルにほおづえを突いて少し呆れたように訊いた。
「ことごとく玉砕でしたね。ケンジさんを含めて」
ミカの横に座ったケンジが口をゆがめて小さくため息をついた。
「何がいけないんでしょうか?」
海山和代は空になった小皿を横にどけて、すがるような目をミカに向けた。
「何がいけないんだと思う?」
ミカはそのまま海山和代に言葉を投げ返した。
「あたしが貧乳だからでしょうかねー」
「違うと思う」ケンジがぼそりと言った。
「とにかく」ミカがコーヒーのカップを持ち上げて言った。「おまえも男を知る必要があると思うわけだ。あたしたちとセラピーの仕事を続ける以上はな」
海山和代は拗ねたように口をとがらせた。
「でも、あたしとエッチしてくれる男の人なんていませんよ……」
ケンジは額と鼻に脂汗をかいて息を凝らしていた。
ミカはいたずらっぽく訊いた。
「誰に奪って欲しい? おまえの処女」
「ケンジさんですっ!」海山和代は立ち上がり、ハイハイと叫びながら左手を高く挙げてすぐに大声で答えた。「ケンジさんがいいです。ケンジさんが」
「わかったわかった、落ち着け海山和代」
「あたしが心に決めた人ですから、ケンジさん」
「勝手に心に決めるな」
ケンジが言った。
「いいんですか? ほんとにあたしを抱いてくれるんですか? ケンジさん、嬉しいです。やっと夢が叶います。やった、やったー!」
「まだ抱いてやるとは言ってない!」
ケンジはあからさまに不機嫌な表情で叫んだ。
「フラワールームでお願いします! あたし、あの部屋でセラピーしてる時、自分がケンジさんに奪われるのを想像してうっとりしてました」
海山和代は胸の前で指を組み、夢見心地で言った。
「おまえ仕事中にそんなこと考えてたのか」ミカが言った。
海山和代は椅子に座り直し、頬を赤くして、甘える子犬のように上目遣いでケンジを見ながら小さな声で言った。
「いいんですか? ケンジさん……」
ケンジは思わず目をそらして抑揚のない口調で答えた。
「し、しかたないだろ。これも仕事のためだ」
◆
「念のため言っとくけど」
ケンジがガウンを脱ぎながら言った。
「処女喪失って、全然気持ちよくないんだぞ。痛いだけで」
海山和代は花柄の布団を鼻までかぶって、すでに真っ赤になっていた。
「いいんです。痛かろうが苦しかろうが、あたしはケンジさんに抱かれるだけで気持ちいいって思えるはずです」
「何を根拠に……」
ケンジは小さなため息をついた。
「いやん! 相変わらず素敵っ! ケンジさんの身体、くらくらしちゃうっ! こんなに間近で見られるなんて! もう、どうすんのどうすんの!」
海山和代はベッドの横に立った下着姿のケンジの身体を見て大興奮した。
「早く、早くっ!」
ケンジはまたため息をついて、掛かっていた布団をそっとめくった。
「お、おまえもう全裸かっ!」
胸も秘部も隠そうともせず、海山和代は両手を伸ばしてケンジを求めた。
「早く、早くっ! 早く入れてっ!」
ケンジは思い切り呆れ顔をして海山和代を見下ろした。
「あのな、セックスってのはムードってのが大切なんだ。おまえも何度もセラピーの様子を見て解ってるだろ?」
「だって、あたしケンジさんと早く合体して一つになりたいんですもん」
「合体って……おまえに甘いムードを求めるのは無理だったか……」
ケンジは気乗りのしない様子で海山和代と並んで横たわった。そして身体を横に向け、言った。
「頼みがある、海山和代」
「何ですか?」
「おまえ、最中はできるだけしゃべるな」
「えー、どうしてですか?」
「何度も言ってるだろ? ムードが大切だって。ムードってわかるか? 甘い雰囲気」
「あたしがしゃべるとその甘い雰囲気が壊れるとでも?」
「壊れる。だから黙ってろ」
海山和代は一瞬口をつぐんだが、すぐにケンジに目を向けて話し始めた。
「そうそう、いつかお訊きしたかったんですけど、ケンジさんってバイですよね? やっぱり相手が女と男じゃ違うものなんですか?」
「な、何を言い出す、急に」
「いや、セックス心理学者としての興味です」
「何だよそれ、『セックス心理学』なんてカテゴリーがあるかっ」
「こないだのケンジさんの男性クライアントとのベッドイン、とっても素敵でした。まるでゲイのドラマ観てるみたいでした。でもあれ見ててもあたし違いがよくわからなかったな……」
「セックスの基本は同じ。お互いがお互いの人格に敬意を払い、常に相手を気持ちよくさせようっていう行為だからな」
「おお、なるほど」
「それがうまくいかないカップルが相談にくるわけだろ? 俺たちのところに」
「まあ、そうですね。そう考えるとケンジさんって誰にでも優しいし、相手を気持ちよくさせることができるから、この仕事最適ですよね」
「褒めてくれてありがとよ」
「でもケンジさんの現実の同性の愛人ってケニーさんでしょ? どういうきっかけだったんですか?」
ケンジは困ったように口をゆがめた。
「ケニーは元々バイだったんだ。俺は純粋なストレートだったが、あいつに調教された」
「調教?」
「なんかあいつに求められると自然に受け入れたくなる。変な雰囲気を持ってるんだよ」
「ケニーさん、とにかく明るくて、ポジティブなのに加えて色気もたっぷりあるから、親友のケンジさんもすんなりその気になったんでしょうね」
「そんなとこだろうな」
「ごめんなさい、変な話題になっちゃいましたね。さ、始めましょう」
海山和代はにこにこ笑いながらケンジの首に腕を回した。
「ちょっと待ってくれ」
ケンジは身体を起こし、ベッド脇のサイドテーブルに置かれていたアイマスクを手に取ると、それを自分の目に装着した。
「ちょっと、ケンジさん、なんで貴男がアイマスクするんですか? しかもこのタイミングで」
「え? いや、何となく……」
◆
ケンジは横たわった海山和代の身体にゆっくりと覆い被さり、そっとキスをした。
「そこは鼻です」
「ご、ごめん」
ケンジは全く気が進まなかったが、海山和代の身体を抱き、その唇を自分の唇で塞いで吸い始めると、身体が勝手にその行為に没頭し始めた。
んんっ、と小さく呻いて、海山和代はそのキスに応えた。ケンジはそれが愛するミカの唇だと自分に言い聞かせ続けていた。
それからケンジはセラピーの時のセオリー通りに、まず手のひらを相手の胸にあてがい、ゆっくりとその乳房をさすった。乳房を……。
「どこだ?」
ケンジはアイマスクをしたまま、身体を起こして、海山和代の身体の横に正座をし、しきりにその胸を撫で回した。
「この辺かな?」
ケンジの手は海山和代の腹を撫でていた。
「もう!」
海山和代は大声で叫んでケンジのアイマスクをむしり取った。
「あたしの身体は福笑いですかっ!」
「す、すまん……」
ケンジは頭を掻いた。
よく見ると、胸にはちゃんと二つの乳首があった。紫色のレーズンのような粒が白い肌に張り付いている。「ここだったか」
「どーせ貧乳ですよ」
海山和代はふてくされたように言った。
「想像以上だな。俺、まるでケネスを抱いてるように錯覚してたよ」
「ぶーっ!」
それでもケンジがその巧みな舌使いで二つの乳首を愛撫すると、海山和代の身体の中に今までに感じたことのない快感が渦巻き始めた。
「ああ、ケンジさん、いい、気持ちいい、素敵っ。今までこんな感じになったこと初めてです。すごい。ああ、これがセックスなんですね」
ケンジは硬く隆起した乳首から口を離して言った。「少し静かにしてくれないかな」
◆
「フェラチオさせてください、フェラチオ!」
海山和代が色めき立った。
「大声出すなっ! 恥ずかしくないのか、そんな言葉」
海山和代はフェラ、フェラと叫びながらケンジをそのままベッドに押し倒して押さえつけ、彼が穿いていたビキニの下着を一気に脱がせた。
「こっ、こら! 慌てるな、海山和代」
海山和代はケンジのペニスを握っていた。
「なんか……元気ないですね。セラピーの時のケンジさんと違う……」
「気乗りがしないんだよ。身体は正直だ」
海山和代はにやりと笑って言った。
「燃えてきた。あたしがその気にさせてあげましょう」
そして彼女は躊躇わずそのペニスを口に咥え込んだ。
「あっ!」
ケンジは慌てたが、海山和代は両腕でケンジの腰をがっちり抱え込んでいて身を引くことができなかった。
意外に絶妙な舌使いだった。海山和代の唇がペニスの先端から包み込み、奥まで吸い込みながらその舌で敏感な部分を優しく舐め、同時に喉の奥で先端部分を擦り上げた。
「くっ! こ、これはなかなか……」
ケンジは不本意に湧き上がる射精感に狼狽していた。いつの間にかケンジのそれは大きく膨張してどくどくと脈動を始めていた。
口を離してふふっと笑った海山和代は息を荒げているケンジの顔を見つめた。
「どうです? うまいでしょ? あたし」
「な、なんで経験もないのにそんな舌使いができるんだ、おまえ」
「この素敵な話いただいてから、あたしバナナと太巻きで練習しました」
「ふ、太巻きだと? 俺のはそんなにでかくない!」
「食事はここ二、三日ずっとバナナと太巻きでした。ケンジさんのこれを想像しながらやってたんです」
海山和代は、天を指してビクビクと脈動し先端から透明な粘りけのある液を滴らせているケンジのペニスを指でつついた。
「頼むから最後にかじりついたりしないでくれよ」
◆
「生で入れて下さい」
海山和代が唐突に言った。
コンドームの包みに手を伸ばしかけていたケンジは、動きを止めて振り向いた。
「は?」
「あたし、ゴムアレルギーなんです」
「じゃあポリウレタンのを使おう」
ケンジはサイドテーブルの下の引き出しから別のコンドームの箱を取り出した。
「あたし、ポリウレタンもアレルギーなんです」
「嘘つけ!」
海山和代は甘えた声を出した。
「あたし、ケンジさんの精液が欲しいですう」
「後が面倒だぞ? 中に出したら。い、いっぱい出すし……」
ケンジは赤面していた。
「いいんです。ねえ、初めてのセックスでケンジさんのものを大量に中に注いで欲しいんです。記念に。お願いします」
ケンジはため息をついた。
「ま、おまえはピル常用しているから大丈夫か」
ケンジはそう言ってコンドームの箱を元の引き出しに戻すと、ベッドに横たわった海山和代の身体に覆い被さった。
そうして固く目をつぶってキスをした。習慣とは恐ろしいもので、いつしかケンジは相手が気乗りのしない海山和代であるにも関わらず、舌を激しく絡み合わせながら濃厚なキスを展開していた。
それからケンジの身体は心とは裏腹に、勝手に相手をいたわり、気持ちよく奉仕するモードに突入したのだった。
細かく震え始めた身体をそっと抱きしめ、耳元で大丈夫、安心するんだ、と囁いた後、ケンジは海山和代の両脚を広げた。そしてペニスをピンク色の谷間に押し当てた。
「ケンジさん……」
海山和代は弱々しい声でひと言言った後、きゅっと口を結んで目を閉じた。
ケンジはゆっくりと、それを中に進ませた。驚くほどの愛液でそこは潤っていた。
ゆっくりとペニスを進ませていたケンジは、途中狭くなっている所を感じて動きを止めた。そしてそのまま時を待ち、ペニスが少し小さく、柔らかくなったことを確認して、再び海山和代の中に入り始めた。
ほどなく二人の秘部が密着し、ケンジは身体を倒して海山和代をきゅっと抱きしめ、頬を撫でながらゆっくりとキスをした。
「大丈夫? 痛くない?」
海山和代は無言でこくこくとうなずいた。
ケンジは密着させた腰を動かすことなく、両手のひらや指、唇でその小柄な身体の性感帯を攻めた。ケンジはそれまでの行為で彼女の首筋、右の耳、乳首、右の腋の下、左の肩胛骨の周囲が特に感じやすいことを突き止めていた。彼はその部分を念入りに、緩急織り交ぜながら愛撫した。海山和代はそれに顕著に反応し、全身をピンク色に染めて大きく喘いでいた。
海山和代がああ、と甘いため息交じりの喘ぎ声をあげると、ケンジは小さくいくよ、と囁き、再び彼女の身体をきつく抱きしめた。
「あ、ああ、中で、中で……」
海山和代は大きく喘ぎ始めた。ケンジのペニスがぐんぐんとその大きさを増し、彼女の中を押し広げ始めたのだ。
「いい、気持ちいい、ケンジさん、ケンジさん!」
ケンジは海山和代の谷間に極浅いところでゆっくりと腰を動かし始めた。すると海山和代は激しく身体を揺らしながら仰け反り、大きな声を上げた。
「ああ! イ、イっちゃう! あたし、もうだめっ!」
海山和代の身体が硬直し、ぶるぶると激しく痙攣した。
ケンジも喉元でぐうっとうめき、腕を突っ張って仰け反った。
どくっ!
激しい射精が始まると、ケンジは海山和代の身体を抱きしめ、唇同士を重ね合わせた。そして彼女の激しい息づかいを封じた。
どくっ、どくどくっ!
何度も何度もケンジの体内から海山和代の中に熱い液が放出され、それは薄いピンク色に染まって二人の結合部分から漏れ出した。
◆
ベッドの上で全裸のまま、海山和代は泣きじゃくっていた。
「ケンジさーん」
「言っただろ? そんなに痛かったか?」
ケンジは彼女の肩をそっと抱いた。
海山和代はかぶりを振って、泣きながら言った。
「ううん。めちゃめちゃ気持ちよかったんですう」
「そ、そうなのか?」
「素敵でしたー。ケンジさんやっぱり貴男はセックス・マスターと呼ぶにふさわしいですう。あたし初めてなのに、全然痛くなかったし。大好きです、ケンジさーん」
海山和代はケンジに抱きつき、おいおい泣き始めた。
◆
はあ、とため息をついて、海山和代はテーブルのティーカップを手に取った。
「まだ全身が痺れてます……」
「そんなに気持ちよかったのか? 海山和代」ミカがおかしそうに言った。
海山和代はいきなり顔を上げた。
「いったい何なんです? あのテク。処女を失う時の激痛を、あたし覚悟してたのに」
「少しは痛かっただろ?」
「いえ、全然」海山和代は首を激しく左右に振った。「気持ちいいだけ。吹っ飛びそうでした」
「ほんとかよ」
ケンジは苦笑いをしてコーヒーを飲んだ。
「対バージン向け処女膜保護セックスっていう方法なんだ」
ミカが指を立てて言った。
「すごいですね……」
「それでも少し切れてたみたいじゃないか。おまえも」
「でも痛くなかったです」
「痛みより気持ちよさの方が勝っていたってことだよ」
「そういうことなんですねー」
「太くなったペニスを無理矢理勢いよく突っ込んだり、むやみに出し入れして激しく擦ったりすれば、裂けた処女膜を刺激して痛いだけ。それをできるだけ回避しながら気持ちいい部分だけを狙って動くんだよ。ケンジの得意技」
「ほんとにすごいですね。その方法でもうどれくらいの処女を奪ったんですか?」
「何だよ、奪ったって。俺はそんなに乱暴じゃない」
「最初からケンジに捧げたいっていうクライアントや抱いて初めて処女だって解ったケースも含めればすでに片手で足りないぐらいの人数だね」
ミカが指を立てて言った。
「みんな幸せですよね、その女性たち。無痛初体験を、しかもセックス・マスターのケンジさんとできるんですから」
「無痛初体験って何だよ」
「それにいつもつれない態度をとるあたしに対してでさえ、あれだけ優しくできるケンジさんはやっぱり神です」
「いつつれなくしたよ」
ケンジが横目で睨んだ。
「してるじゃない、思いっきり」
ミカが笑いながら言った。
「それにセックス・マスターとしてのプライドもあるでしょうしねー」
「何度もセックス・マスター言うな」
「でも普通にセックスしても、最初から全然痛みを感じない子もいるからね。生まれつきの処女膜の形状とその時の心理状態が大きく影響するわけだ。おまえも医者だからわかるだろ?」
ミカが言って一切れのガトーショコラを口に入れた。
「ケンジさんは」海山和代がしみじみと言った。「初めてのお相手にも絶対的な安心感を与えて、身体も気持ちも最高に心地よくさせる達人なんですねー。いやー見直しました」
「見損なってたのかよ」
「水泳指導者の次は『セックス・マスター』としてのすずかけマイスター登録ですね」
「いや、ないからそれは」
海山和代は笑った。
「ところでケンジさん」
「何だ?」
「あたしの中にたっぷり注ぎ込んでくれてありがとうございます」
「何だよ、今さら」
「実はあたし、今排卵期なんです。ピルも飲んでないし」
海山和代はぺろりと舌を出した。
ケンジはカップを持つ手を止め、目を見開いて絶句した。
「ケンジさんの赤ちゃん、産めるかな……」
そう言って海山和代はほんのり頬を染めた。
「お、おまえ! 騙したな!」
「いやいや騙してなんかいませんよ」
海山和代は顔の前で左手をひらひらさせた。
「あたしは、単に生で入れて欲しい、って言っただけ。ケンジさんが勝手にピルを飲んでるって思い込んでたんじゃないですか」
「そ……」
「あたし、ずっと以前からケンジさんに孕ませて欲しかったんだもん」
ケンジは立ち上がり、大慌てした。
「ミ、ミカっ! モーニング・アフター・ピル、緊急避妊薬、あっただろ? すぐ準備を!」
「冗談ですってー」
海山和代が笑いながら言った。
「心配ご無用です、ケンジさん。ちゃんとピル飲んでますから」
「ほんとだろうなっ! 間違いないなっ?」
「それに今は安全期。二、三日後に生理がくると思いますよ。基礎体温表のアプリ、お見せしましょうか?」
海山和代はウィンクをして紅茶のカップを持ち上げた。
「脅かすな。ばかっ!」
ケンジは大きなため息をついて椅子に座り直し、ショコラ・プリンをスプーンですくった。
「そんなにあたしを孕ませるのがイヤなんですか?」
「そういう問題じゃない」
あははと笑って海山和代は言った。
「また抱いて下さい、ケンジさん。ちゃんとセラピー料払いますから」
「お断りだ」
ケンジは即答して、すくったプリンを口に入れた。
ミカが笑いを堪えながら言った。
「そんなこと考える前に、とっとと彼氏を作れよ」
「そうだそうだ」
「そんなこと言ったって……」
海山和代はつまらなそうな顔をしてカップをあおった。
「紅茶のお代わりください、ミカさん」
――the End
2016,7,21
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