「すごくドラマチックな展開じゃない! 何かの映画みたい」マユミが昂奮したように言った。「でも英明さん、人並み外れた人格者だねえ」
マユミはテーブルに置かれた写真を手に取った。美穂の右に立つ誠也は彼女と手を繋ぎ、左に立つ英明は彼女の肩を抱いている。
美穂はテーブルのコーヒーカップを手に取り、恥ずかしげに言った。
「そうは言ってもねえ……まだなんか申し訳ないよ」
「英明さんは精神的な支え、誠也君は熱いパートナー。贅沢で素敵な境遇じゃない。あんたは二人の男性から愛されてるわけでしょ?」
「そうだけど……」
「真琴ちゃんも二人の父親に可愛がられているわけだしね」
マユミは写真を美穂に返した。それをバッグに大切そうにしまいながら美穂は言った。
「あの子はまだ中学生だから、今はこのこと到底話せないけど、いずれは事実を伝えなきゃって思ってる」
「タイミングは難しいね」
「せめてあの子が大人になってからだよね」
マユミはコーヒーを一口飲んだ。
「でも真琴ちゃん、誠也君に相当なついてるみたいじゃない」
そうなのよ、と困ったように美穂は眉尻を下げた。「あの子ね、誠也のことが大好きで『誠也にいちゃん』って呼んで慕ってるんだけどさ、将来は結婚して一緒に暮らしたいな、なんて言ってるんだよ」
「で、そんな時あんたは何て言い返すの?」
「二回り近くも歳が違う人と結婚なんかできないでしょ、って」美穂はテーブルに乗り出して低い声で続けた。「そしたら『歳なんて関係ないよ、それにいとこ同士なんだから問題ないでしょ?』って言い返してくる」
「そうか、真琴ちゃんは誠也君をいとこだと思い込んでるか。まあ戸籍上はその通りだもんね」
「ばらしちゃおうかな、もう」
「まだ我慢しときなって」マユミは上目遣いで美穂を見た。
「でも誠也のことが好きだなんていい趣味してるよね。あたしに似て」
「はいはい、ごちそうさま」
「それに、もしそんなことになったら、あたし誠也にお義母さんて呼ばれるんだよ? 『叔母さん』って呼ばれるのも許せないけど、そんな呼び方をされるのは耐えられない」
二人は笑った。
マユミも身を乗り出し、小声で言った。
「誠也君の方はそんな真琴ちゃんに手を出したりしてないのかな、家庭教師やってる時、ふらふらと……」
「どうかな。それはそれでいいかも」
「なにそれ、余裕じゃん」
マユミは美穂を指さして軽く睨んだ。
美穂は笑いながらカップに残っていたコーヒーを飲み干した。
◆
その夜、美穂は家庭教師が終わって二階から降りてきた誠也をリビングのソファに座らせた。
「リンゴ、剥こうか?」美穂が言った。
「夕食で食べただろ? それについさっき勉強の休憩の時にも持って行ってたじゃないか。上に」
センターテーブルを挟んでソファでくつろいでいた英明が、そう言ってリモコンを手に取り、見ていたテレビの電源を落とした。
「食べる。美穂さん、剥いてよ」
「ほんとに好きだな、おまえ。もはやリンゴ依存症」英明は呆れたように笑って、テーブルの湯飲みを手に取った。「それにしても、いつまで『美穂さん』って呼んでるんだ? 普段通り『美穂』って呼べばいいじゃないか」
英明は湯飲みの茶を飲み干してテーブルに戻すと、身を乗り出して誠也の顔を見た。
「いやいや叔父さん、普段通りって、さすがにこの家の中で彼女を呼び捨てにはできませんよ。真琴ちゃんに何て思われるか。って言うか、」誠也の声が小さくなった。「俺、二人きりの時でも、ちゃんと美穂さんって呼んでるんだから」
「そうだった? 誠也」
キッチンでリンゴを剥きながら美穂が笑いをこらえながら言った。
「そ、そうだよ……」
英明がにやりと笑って横目で誠也を見ながら言った。
「盛り上がってきても『美穂さん』って冷静に呼ぶのか?」
誠也は一気に赤面した。「そ、それは……」
英明は大笑いした。
「ところで、君たちはいつもホテルを利用してるのか?」
「ちょ、叔父さん、いきなり何てこと……」誠也はますます焦って顔を引きつらせた。
「一人暮らしの誠也の部屋で愛し合えばいいじゃないか。ホテル代もばかにならないだろう?」
「そ、それは……」
口をつぐんだ誠也の代わりに美穂が言った。
「誠也の部屋は隣との壁が薄くて、いろんな音が聞こえるの」
「なるほど。じゃあ君たちの行為中のいろんな音や声がダダ漏れするってわけなんだね?」
英明はおもしろそうに続けた。「そうかそうか。そんなに激しいのか? いつも」
美穂が顔を赤くしてリンゴを皿に盛りながら言った。「つ、つい大声で叫んじゃうの、誠也の名前を」
あははは、と笑って、英明はますます目を輝かせて誠也を見た。
「誠也も?」
「う、うん……俺も思わず叫んでる。『美穂ー』って。もう! 叔父さんやめてよ、何てこと言わせるんだよ」
美穂が赤面したままリンゴの載った皿を持って来ると、英明は君も座って、と誠也の横のソファに促した。
「二人とも、聞いてくれ」英明は前に座った二人に笑顔を向けた。
すぐ隣に座った美穂の体温を感じた誠也は、額にかいた汗を拭って一つ咳払いをすると腰をもぞもぞさせた。
「僕の考えたプラン。たぶん君たちも反対する気持ちにはならないと思うが、」
「何それ、持って回ったような言い方」美穂が呆れたように言った。
英明は言った。
「僕はもう裏庭の草取りをするのに疲れてしまった」
「え?」誠也は小首を傾げた。
「この家を建てる時は、絶対庭付きがいいと思って無駄に広い庭を残したけど、もう思い残すことはない。庭いじりは十分堪能した」
「いったい何を言ってるの? 英明さん」
英明はにっこり笑って身を乗り出した。
「部屋を一つ増築するつもりなんだ」
「え? 部屋を?」
「そう」
「書斎か何かが欲しいわけ?」
「いや、誠也が住むための部屋だ」
「え?」
誠也は、今英明が言ったことの意味が一瞬分からず、きょとんとした顔で英明を見た。
英明は嬉々として言った。
「誠也、おまえ、うちに引っ越せ。僕たちと一緒に暮らせ」
誠也と美穂は、その言葉を聞いた途端、同時に笑顔を弾けさせた。
「い、いいの? 叔父さん、俺がこの家に住んで、いいの?」
「僕も美穂も、それに真琴も反対するわけがないじゃないか」
「や、やったー!」
誠也はその場でソファから飛び上がった。
「北側だからちょっと日当たりは悪いが、クローゼット付きで八畳ぐらいの広さの洋間でいいか?」
誠也は恐縮したように言った。
「ぜ、贅沢だよ、四畳半ぐらいで十分だよ」
「僕に残ったエリアの草むしりをしろと?」英明は誠也を横目で睨んだ。そしてすぐににやにや笑いながら言った。「部屋は外に音が漏れないように防音処理をしなきゃいけないな……」
「防音処理? なんでそんなことまで?」美穂が訊いた。
英明はいたずらっぽくウィンクをした。
「君たちが気兼ねなく愛し合えるようにだよ。君たちの声が真琴に聞かれでもしたらどうするんだ」
「そ……」誠也は一度絶句した後、また顔を赤くして眉尻を下げた。「お気遣い感謝します……」
美穂も誠也の横で同じように再び赤面していた。
「親父にはもう話をしてるんだ。そろそろ設計図ができる頃だな」
英明は上機嫌で空になった湯飲みを持ち上げた。「お代わりをもらえる? 美穂」
「親父もすごく乗り気でいるんだ。もう歳だから現場で働くのは無理だけど、毎日監督しに来るって言ってたよ」
「そ、そうなの?」
美穂は英明の湯飲みに茶を注ぎ足した。
「そりゃあそうだろ。孫の住む部屋だ。思い入れが違うよ」
美穂は焦ったように言った。
「ま、まさか誠也君とあたしの関係をお義父さんに話したりしてないでしょうね?」
「言わないよ。ご心配なく」
英明は笑ってうまそうに茶をすすった。
結局英明のプランをことごとく飲まされ、誠也はひどく申し訳なさそうに、しかし幸せそうな表情で立ち上がった。
「じゃあ俺、帰るね」
「美穂、送っていきなよ」英明がにやりと笑って言った。「ホテル代出そうか?」
「も、もう英明さんったら……」赤面したまま美穂も立ち上がった。
英明はリモコンでテレビをつけた。そして湯飲みの茶をすすりながら右手をひらひらさせて美穂が誠也と一緒に玄関に向かうのを見送った。
「荷物をうちに少しずつ運んで、ある程度片付いたら引っ越して来いよ。誠也。とりあえず客間をおまえの部屋にしとくから」
「ありがとう、叔父さん。何から何まで」
「ゆっくり楽しんでおいで」
そして英明は親指を立てて二人に向かってウィンクをした。
◆
パールレッドの軽ワゴン車が一軒のラブホテルに入っていった。
大きなバスタブに美穂と誠也は向かい合って入っていた。
「いやあ、びっくり仰天」
「あたしも」
「美穂……さんは聞いてなかったの? 叔父さんの増築の計画」
「わざとらしく『さん』付けで呼ばないでよ」美穂は笑った。
「増築のことは一言も聞いてない。でもほんとに夢みたい。あたし嬉しい」
「俺もだよ。まさかこんな展開になるなんてね」
バスタブの中で濡れた身体を抱き合い、美穂と誠也はキスを交わした。
バスルームから出て身体をローズピンクのバスタオルで拭きながら美穂が言った。
「ねえねえ、誠也」
「なに?」
「あなたあの子に手を出したりしてないの?」
「真琴ちゃんに?」
「そう。家庭教師の時、部屋で」美穂は誠也の鼻をつついた。
「秘密」
誠也はいたずらっぽく笑った。
ベッドに移った二人は、すぐに抱き合い、熱いキスを交わした。
「一度だけだけど、真琴ちゃんにキスされたことがあるんだ」
「え? ほんとに?」美穂は誠也を睨み付けた。「あなたじゃなくて真琴の方からそんなこと?」
「俺には理性があります」
「で、それでムラムラきちゃって真琴を押し倒した」
「そんな陳腐なエロ小説みたいなことしないよ」
頭の下で腕を組んで、誠也は天井を見上げながら笑った。
美穂はそんな仰向けになった誠也の身体に馬乗りになり、その厚い胸に両手を突いて押さえつけながら、彼の顔を覗き込むようにして睨み付けた。
「あたし以外の女とキスしたなんて! お仕置きしなきゃ」
誠也はそのまま嬉しそうな顔をして、目を閉じ唇を突き出した。美穂はそれに応えて誠也に覆い被さって乱暴なキスをした。
「今日はあたしが上ね。いいって言うまでイっちゃだめだからね」
美穂はそう言うと、誠也のすでに硬くいきり立ったものを掴んで口にほおばり、ぴちゃぴちゃと音を立てながら出し入れした。
「み、美穂っ! 激しいよ」
口を離した美穂は上目遣いで言った。
「イきそうだった? 誠也」
「まだまだ」
誠也は言って、美穂の身体を抱えて仰向けにした。そして大きく両脚を抱え上げて、その秘部に口を寄せた。舌を大きく動かしながら誠也は谷間の入り口の隆起した粒を責めた。
「あ、ああん……」
美穂は仰け反り甘い声を上げた。
ゆっくりと時間を掛けて誠也はその行為を続けた。いつしか美穂の全身に汗が光っていた。
口を離してのしかかってきた誠也の鼻をつまんで、赤い顔で息を弾ませながら美穂は言った。
「あたし、イきそうだった……」
「美穂の喘ぐ声、俺大好き。もっといじめたくなる」
「もう!」
誠也はバタンと仰向けになって、美穂を促した。「はい、お仕置きしてください」
美穂は困ったように笑って誠也にまたがり、その中心にあるものを手で握って自分の秘部に導いた。
「ああ……」誠也が顎を上げて喘ぎ始めた。
少しずつそれは美穂の身体の中に入っていった。美穂も誠也もその瞬間が大好きだった。いつも時間を掛けてその繋がり合い一つになる行為を味わうのだった。
「熱い……熱いよ、誠也」
「気持ちいい、美穂……」
深く結ばれた二人は抱き合ってキスを交わした。口を交差させながら何度も舌を絡め合い、唇を挟み込んだ。二人の唾液が一緒になって、下になった誠也の頬を伝う。
「せ、誠也、あたし今日は早い……かも」
切なそうな顔で美穂が言った。
「いいよ、一緒にイこう」
美穂は腰を上下に動かし始めた。すぐに彼女は大きな声で喘ぎ始めた。「熱い、熱いっ!」
「美穂、美穂っ!」
誠也も美穂の動きに合わせて腰を上下に跳ねさせた。
ベッドがぎしぎしと激しく軋む。
はあはあという荒い二人の息づかいが部屋の空気をかき乱す。
「イ、イっちゃう! も、もうだめっ!」
「お、俺も、美穂、美穂っ! イ、イっていい?」
「来て、誠也、あたしの中に来てっ!」
二人の身体が同時にびくんと跳ね上がった。
そして美穂は細かく全身を震わせながら恍惚の表情で目を剥き天井を仰いだ。
「誠也! 誠也っ!」
「美穂、美穂っ! イく、 出るっ!」
誠也の身体の中から噴き上がった熱いマグマが、勢いよく美穂の身体の中心目がけて、その脈動と共に放出された。
どく、どくどくっ!
「やーっ! 中に、熱いのが来る!」
美穂は叫び、そのまま誠也の身体に倒れ込んだ。そして恍惚の表情でその身体を抱きしめた。
美穂も誠也もなかなか息が収まらなかった。
「今日は激しかった……」
誠也が言った。
ふふっと笑って美穂が言った。「だからお仕置きっていったでしょ?」
「真琴ちゃんに弟か妹を作ろうか?」
「何調子に乗ってるの。あいにく今は安全期」
「ちぇっ」
誠也はそう言って美穂の頭を引き寄せ、キスをした。
誠也はベッドの足下に蹴りやられていた布団を広げて美穂の身体に掛けた。
「美穂、君に貰って欲しい物があるんだ」
誠也はそう言ってベッドから降り、ソファのセンターテーブルに置いていたボディバッグを開けて、中から小さな箱を取りだした。
「これ。開けてみてよ」
身体を起こし、誠也からその箱を受け取った美穂は、そっと蓋を開けた。中には少しくすんだ色をした白いフェルト地のケースが収まっていた。
「ジュエリーケース……」
「お袋の形見」
「お母さんの?」
「結婚指輪らしいよ。内側にイニシャルが彫ってある」
美穂はケースの蓋を開け、中から取りだしたその銀色のリングを手のひらに載せて、目を近づけた。
「H & Y これ、お父さんとお母さんのイニシャルなの?」
「うん。たぶんそう。お袋の名前は初江で、おやじは裕也だからね」
「大切な物なんでしょ?」
「しまい込んでおく方がもったいないよ。一応プラチナだし。でも、」誠也は申し訳なさそうな顔をした。「たぶん美穂には大きすぎる」
「そう?」
「お袋の手、ごつかったから」誠也は笑った。「君の足の親指にならぴったりかも」
「なにそれ」美穂も笑った。
「近いうちにチェーンを買ってあげるからさ、そのリング、ペンダントにでもして使ってよ」
美穂は上目遣いで誠也を見た。
「これ、あなたからの結婚指輪、ってことなの?」
誠也はばつが悪そうに頭を掻いた。「や、やっぱり自分で買わなきゃだめだよね?」
美穂はおかしそうに言った。「お母さんはそう仰ってると思うよ」
「だよねー」
「でも、」美穂はそのリングを自分の左手の薬指にはめてみた。確かにサイズが合わずにそれはゆるゆるだった。「誠也の愛するお母さんの持ち物だから、それ以上の価値はあるね。ありがとう。大切にする」
「よかった……」
誠也は美穂の空いた右手を取り微笑んだ。
「近いうちに一緒に選びに行こうよ、指輪」
「嬉しい」
美穂は幸せそうに微笑みを返した。
美穂の身体を再びシーツに横たえ、布団を掛けながら誠也は言った。
「俺、ずっと君のリンゴでいいや」
「え? 何、いきなり」
誠也もその布団にもぐり込み、美穂の背後から身体を密着させた。
「美穂にとって、俺はデザートのリンゴ」
「何よそれ」
「英明叔父さんが主食。俺がデザートってことだよ。それでいいでしょ?」
「そういうことね」美穂は笑った。「納得。食事で足りないビタミンをデザートで補給ってことね」
「ちゃんと叔父さんからも栄養をもらってね」誠也は微笑んだ。
「わかってる。じゃああたしはキーウィかな」
「キーウィ?」
「リンゴとずっと一緒にいて、甘く柔らかくなっていってるもの」
誠也は嬉しそうに笑いながら、背中から回した手で美穂の二つの乳房を包み込んだ。
「誠也、」背中から抱かれたまま、美穂は静かに言った。「リンゴは人を健康かつ幸せにする果物だ、っていうのは本当だったね」
美穂は誠也の手をほどき、身体を振り向かせて額同士をこすり合わせた。そしてすぐ目の前にあった誠也の鼻をぺろりと舐めた。「デザートいただき」
そして目を涙で滲ませ、微笑みを返しながらその身体を抱きしめた。
「もうあたしの方がすっかりリンゴ依存症」