Twin's Story 8 "Marron Chocolate Time"

《7 好みと趣味》

 

 『シンチョコ』の喫茶スペース。ミカとケンジの前に日向陽子が座っていた。

 

「ほんっとに久しぶり、元気だった?」ミカが言った。

「ありがとう。元気だよ」陽子は笑った。

「しっかし、びっくりしたよ、あんたがこんな近くに住んでたなんてね。しかも、それが姪っこの親友夏輝の母親だったなんて」

「うちのおきゃん娘がずっと世話になっちゃって」

「あんたにそっくりだね。夏輝ちゃん」

「似て欲しくないとこばっか、似ちゃってさ」陽子は目の前のコーヒーカップを手に取った。「そうそう、あんたたちの結婚式に行けなくて、ごめんね」

「招待状、届かなかった?」

「ううん。届いてたらしい」

「らしい?」

「そん時、あたし実家に帰れない状況だったからね」

 ミカは飲みかけたコーヒーのカップを思わず口から離した。「え? なんで?」

 陽子は一つため息をついた。「あたしさ、大学三年で中退したのは、妊娠してたからなんだ」

「え?」

「夏輝がお腹にいたんだよ」

「そうだったんだ」

「っつーか、あたし、三年になってダンナとつき合い始めたんだけど、いきなり妊娠しちゃったからね」

「ダンナって……誰?」

「あんたたちの知らない人だよ」陽子は寂しげに微笑んだ。「駆け落ちしたんだ。あたし、どうしても夏輝を産みたかったからね」

「駆け落ち……したんだ、陽子先輩」ケンジが呟いた。

「そう。親には言えないからね。結婚することも許してはくれないだろうしさ」

「そうだったのか……」ミカが少し悲しい顔をした。

 

「ダンナは夏輝が生まれた日に、バイク事故で死んじまった」

「えっ?!」ケンジとミカが同時に声を上げた。

「ま、それが彼の寿命だったのかもね。夏輝は、だから彼の生まれ変わりだって思ってる。あいつを産んで良かった。でなきゃ、あたし、きっと彼の後を追ってた」

 

 ミカの目に涙が宿った。「辛かったね、陽子……」ミカの頬を涙が伝った。

 

「唯一あたしたちの理解者だった伯母さんがさ、この街に住んでたんだよ、偶然」

「そうか。それで」ケンジが言った。

「だから、頼ってあたしたちもここに来た。でも、伯母さんも年取って、今は特別養護老人ホームにいる。伯母さんもアパートに一人暮らしだったから、そん時家財道具ほとんど処分して、あたしたちは二人でアパート暮らしをするようになったってわけ。夏輝が中学に入る時だったかな」

「真雪はその時夏輝ちゃんと知り合ったんだよね」ケンジが言った。

「そうらしいね。ずっと仲良くしてもらってる。感謝するよ」

 

「で、陽子、今仕事、何してるんだ?」

「派遣でね、中距離トラック運転してるよ」

「そうか、あんた車の免許取るの早かったしね。それに妙に車好きだったからね」

「ダンナの影響かな。でも、リストラに引っかかるかも……」

「え? ホントに?」

「派遣だからしかたないよ。それに今は不況だからね」

「でもさ、夏輝ちゃん、進学させたいだろ?」

「あいつは、警察官になる、って言ってるよ」

「警察官?」

「交通事故を憎んでるんだ」陽子はため息をついた。「もう願書も出したらしい。一次試験は10月だって言ってた」

 

「陽子先輩、」ケンジが身を乗り出して言った。

「何? ケン坊」

「俺たちのスイミングスクールで働きませんか?」

「え?」陽子は目を見開いた。

「丁度、スクールバスの運転手を募集しようとしてたところなんです。どうだい? ミカ」

「そうだよ、それがいい! うちに来なよ、陽子。大型二種免許持ってるんだろ? 心強い」

「ほ、本当か? 本当にあたしを雇ってくれんの?」

「もちろん正社員として。っつーか、困ってたんです。俺、インストラクターしながらマイクロバス運転しなきゃいけなくて……」

「それに最近は隣町からやってくる子もいてさ、もう運行ルートが複雑すぎて、ケンジも負担になってたところなんだよ」

「やるっ! 喜んでやる! やらせて、運転手以外にも何でもする」

「いやあ、あたしたちも助かるわ。大して高給は出せないけど、少なくとも安定するだろ? 今より」

 

 陽子はミカの手を取って涙ぐんだ。「ありがとう、ありがとう、ミカ……」

 

「そう言えばさ、」ミカが陽子の目を見ながら少しおかしそうに言った。「あんたんとこの夏輝ちゃん、このケンジに抱かれたいって思ってたらしいよ」

「ええっ? あいつがそんなことを?」

「このガタイに惚れたんだとさ」

「あたしも惚れてたよ、ケン坊のカラダに」

「ええっ?」ケンジが驚いて顔を上げた。

「いっぱいいたじゃない、大学ん時。ケン坊に抱かれたいって思ってる女子学生」

「し、知りませんよ、そんなこと……」

「今となってはミカに取られたのが悔しいぐらいだ」

「ほ、本気で言ってんですか? 陽子先輩」

「マジで」

「そうか、じゃあ貸してやろう、ケンジを」

「ええっ?」ケンジが叫んだ。

「あんたのカラダを慰めてやっから、ケンジが」

「あたし本気にするよ。ケン坊、ホントにあたしを抱いてくれるの? 夢みたい……」

「お、おいおい、ミカ、」

「今まで苦労してきた陽子を慰めてやるんだ、ケンジ。陽子先輩にも大学時代、いっぱい世話になっただろ? 抱いてやりな、ケンジ。あたしが許す。特別に」

「ええーっ?!」ケンジは例によって赤くなってうろたえた。

 

 

 10月。すっかり涼しくなり、夜になれば集(すだ)く虫の音が聞かれるようになっていた。海棠家のリビング。真雪と夏輝、それに春菜が話に花を咲かせていた。 

 

「すみません、ミカさん、夕飯までごちそうになっちゃって」

「気にすんな」ミカがキッチンから言った。「あ、それから栗、こんなにありがとうな」

「それ、うちのアパートの裏の栗の木のなんです。修平と一緒に拾いました」

「そう。それは仲のいいこって」ミカは鼻歌交じりにフライパンに蓋をした。「そうそう、もうすぐ警察官の一次試験なんだろ? 夏輝、がんばりなさいよ」

「はい。がんばります」夏輝が威勢よく言った。

 

 真雪が夏輝に訊いた。「夏輝、しゅうちゃんはちゃんと優しくしてくれてる?」

「だいぶ上手になったよ。あたしをいつもいい気持ちにさせてくれる」

「良かったね」春菜が言った。

「春菜はどうなの? ケン兄、ちゃんと尽くしてくれてる?」

 春菜は少し赤くなって言った。「あんなに優しい人、私ほかに知らない。もう、私を宝物みたいに扱ってくれるよ、いつも」

「ケンちゃんなら大丈夫だ、って言ったでしょ。あたしの目には狂いはない」夏輝は笑った。

 

「で、でも……」春菜が恐る恐る言った。「健太郎君って、もともとあなたのことが好きだったんでしょ? 夏輝」

「そうらしいね。でもあたし、彼とつき合わなくて良かった」

「どうして?」真雪が訊いた。

「恋人同士にはなれないよ、あたしとケンちゃん。たぶん性格的に合わない。というか、ケンちゃんがイヤになる。あたしじゃ」

「そうかなあ……」

「見てわかるでしょ? あんなに優しい人にはこんながさつな娘は合わない。修平で丁度いいって、あたしにはさ。あっはっは!」

「自分で言ってりゃ世話ないね」真雪が言った。「それに、しゅうちゃんもえらいな言われよう」

「友だち同士の方が気楽でいいよ。あたし友だちとしてならケンちゃんは大好きだよ」

 春菜は少し安心したようにため息をついた。

 

「それはそうと、」春菜が急に真雪に目を向け直した。

「な、なに?」真雪はそのきらきらした春菜の眼に狼狽した。

「真雪の彼って、誰なの」

「え? えっと……」

 

「龍くんだよ」夏輝がいたずらっぽく笑って言った。

 

「えっ?! 龍くん? 上にいるあの龍くん?」春菜が驚いて言った。

「そうだよ。驚いた?」

「も、もう、夏輝ったら……」真雪は赤くなった。

「あたしたちが夏休みにスクールでエッチの練習した晩、スタッフルームでね、真雪と龍くんの頻繁なアイコンタクトがもう、見てらんないぐらいだったよ」

「そんなに見つめ合ってたの?」春菜が訊いた。

「そりゃあもう、熱い視線の応酬だったね。ほとんどレーザービーム」

「そうなんだー」

「まさかいとこの龍くんが真雪の彼だったとはねー」夏輝はにやにやしながら言った。「でさ、中二の彼が、あんたを抱く時って、どんななの?」

「え? ど、どんな……って?」

「やっぱり年下だから、甘えてくるわけ? あんたに」

「え、えっと……」

「もうバレたんだから、包み隠さず言いなさいよっ」

「私も聞きたい。興味ある」春菜も言った。

 真雪は頬を染め、うつむき気味で躊躇いがちに言った。

「彼、あたしのおっぱいが特に好きなんだ」

「そうか、おっぱいねー。あんた爆乳だもんね。でも龍くん、年下らしくていいね」

「何度もあたしの胸に顔を埋めるの」

「可愛い!」春菜が言った。

「しゅうちゃんは?」

「修平はあたしの脚フェチだよ」

「確かにあんたの脚は長くてきれい」

「一緒にいる時は、いっつも必ずじろじろ見るから、あたしの方が恥ずかしくって……」

「しゅうちゃん自分に正直だからね」

 

 夏輝と真雪が同時に春菜に目を向けた。「で、ケンちゃんは? 春菜」

「健太郎君はあたしの眼鏡顔が好きなんだって言ってた」

「じゃあ、コトの最中も、あんた眼鏡つけたままなんだ」

「うん……」

「オトコってば、いろんな拘りがあるもんだね」夏輝が笑った。

 

 風呂上がりのケンジがそこを通りかかった。「何の話で盛り上がっているのかな? お嬢さん方」

「ケンジさんは、ミカさんの何フェチなんですか?」夏輝が言った。

「えっ?! フェチ?」

「彼女のどこに一番興奮するの? ケンジおじ」真雪も訊いた。

「お、おまえら、そんな話で盛り上がってたのか」

「ケンジはねー」キッチンから声がした。「唇フェチなんだよ」

「こ、こらっ!」ケンジが慌てた。

「最初から最後まで、何度もキスしたがるんだ」

「素敵!」

「あたしも修平のキスは大好き」

「あたしも。龍の唇柔らかくて大好き」

「健太郎君も、とっても上手だよ」

「へえ。すでにキス一つでめろめろになれるなんて、あんたたち幸せだね」

 

「な、なんという話題……。俺、ついていけない……」ケンジはそこに立ちすくんだ。

 

 

 二階の龍の部屋では、龍と健太郎、それに修平が加わってエロトークに花を咲かせていた。

 

「で? 修平はめでたく夏輝と結ばれた、ってわけだが」健太郎はその中学来の親友に目を向けた。「そのプールサイドではケンジおじとミカさんが実際にやって見せたって本当なのか?」

「ああ、すんげーかっこいいんだ。ミカさんもめっちゃセクシーだしな」

「しっかし、ケンジおじもミカさんも思い切ったことやってくれたもんだな」

「ホントにね」龍も言った。

「でも龍、おまえそのシーンを撮ってたんだろ? 何枚も、自慢のカメラで」

「うん。いつか父さんと母さんのカラミを撮ってあげる、って約束してたこともあるしね」

 健太郎は思い切り呆れ顔をした。「非常識に変な家族」

 

「そうそう、ケンタのお陰で夏輝を最初から妊娠させずに済んだ。ありがとうな」

 龍が眉間に皺を寄せた。「え? 何それ。なんでケン兄のお陰?」

「ゴムの付け方を教えてくれたんだよ、ケンタが」

「ああ、なるほどね」

 健太郎が言った。「訊いてくれ、龍。こいつな、学食で俺がゴムを渡して練習しとけよ、って言ったら、付けて見せろ、って言ってきやがったんだ」

 龍は笑いをこらえながら言った。「で、食堂で付けて見せたわけ? ケン兄」

「人目のあるところでそんなことするわけないだろ。多目的トイレに籠もって見せてやったよ」

「あははは! 結局やって見せたんだ!」

「ケンタのやつ、めっちゃ嫌がってたんだけどよ、俺が強要した」

「当たり前だっ! なんで男の前でゴムを装着しなきゃなんないんだ」

「相変わらずギンギンでよ、」修平が目を輝かせながら言った。「ケンタって男の俺と二人きりでも興奮すんだな。もしかして俺に気があんのか?」

「ばかっ!」健太郎は赤くなって修平を睨み付けた。

「それで俺もそこで付け方練習してよ、何とかできるようになったんだ」

「学校のトイレでそんなことしてたんだ、二人で」龍はおかしそうに言った。

 

「で、せっかくだから、どっちがいっぱい出すか勝負した」

「ええっ! その場でオナニーしたの?」

「中学ん時から二人で何度か飛ばし合いの勝負やってたかんな、秘密の河原で。その勢いで」

「変な関係」

「で、やっぱり俺が完敗。ケンタの出す量には絶対にかなわねえよ」

「そうなんだね」

「俺のが力尽きても、ずっとイってやがるんだ。んで出した液でゴムはまん丸に。ケンタの特殊能力だな」

「変な言い方するな」健太郎は言ってカップを手に取った。

「そのゴムって、ケン兄がストックしてたやつ?」

 修平が指を立てて言った。「いや、真雪が俺たちのこと心配してくれてよ、ミカさんに相談したらしいんだ」

「母さんに?」

「そ。やっぱいきなり俺が夏輝を妊娠させんのはまずいって思ったんじゃねえか」

「修平さん自身はどうだったの? そんなこと考えなかったの?」

「そこまで頭が回らなかったのは事実だな。マジでいっぱいいっぱいだったかんなー。エッチできずに悩んでたし」

「で、ミカさんがゴムの箱を俺に渡しながら修平に指導しろ、って言ってきたわけさ」健太郎が言った。

「なるほどね」

★修平と健太郎が飛ばし合いの勝負をやり始めた話はこちら→『外伝第2集第8話 精通タイム』

 

「で、ケンタ、おまえはなし崩しに春菜さんを抱いたわけだが」

「なし崩しとは何だ! 俺はちゃんと彼女に恋してる」

「一ヶ月以上続いてるってこた、うまくいってるってことなんだな。だけど、」修平は口角を上げ、横目で健太郎を見た。「おまえ、春菜さんをだまくらかして無理矢理エッチの相手させてんじゃねえだろうな?」

「あのな……」健太郎は修平を睨み付け、コーヒーのカップを口に運んだ。

「でも何だか急だったよね、展開が」龍が言った。「どういうきっかけだったの? ケン兄」

 カップをトレイに戻しながら健太郎は言った。「あの子の眼だ」

「眼?」

「あの眼鏡の奥の眼は、今まで俺が見てきたどんなヤツの眼とも違う。何て言うか、こう物事の神髄を見るって言うか、どこまでも深く追求していく、みたいな……」

「へえ。そうなんだ」

「彼女が手に鉛筆を持って、紙に向かった途端、文字通り眼の色が変わる。そうだなー、例えて言うなら頑固職人のようになる」

「頑固職人?」

「すでに人を超える能力を持っているにも関わらず、それでは満足しないって言うか……」

「自分に厳しい人なんだね」龍が感心したように言った。

「龍も写真やってるからわかるだろ?」健太郎は続けた。「俺、スポーツ以外で、そういう厳しさを持ってる人がいるってことを、今まで信じてなかった」

「と言うと?」

「なんかさ、芸術とか文化とかに打ち込むのってただの道楽じゃん、ってちょっと見下してたとこがあった」

「そうなのか?」

「うちの家族みんな水泳オタクだしな。他の世界を今まで知らなかった、ってことさ」

「いい子と巡り会ったな。ケンタ」

「うん。俺もそう思う。チョコレート職人を目指す以上、少なくとも俺には必要な人だ」

 

「で、龍、」修平は龍に目を向けた。

「何? 修平さん」

「おまえの彼女が真雪で、6月からすでに深い仲だったってこと、ずっと気づかなかったぜ」

「いつ知ったの? 修平さん」

「プールで俺と夏輝がヤった時だ」

「ケン兄がバラしたってわけじゃないんだ」龍は健太郎を軽く睨んだ。

「俺、何にも言ってないぞ」

「いや、たとえケンタが教えてくれなくても、わかるっつーの」

「なんで?」

「スイミングのスタッフルームではお前、真雪の手は握るわ、肩に手を置くわ、しまいにゃ背中から脇に腕回して抱き寄せたりしてたじゃねえか。あれでいとこ同士です、って開き直るつもりか? まったく、見せつけやがって、このやろっ」

「そ、そんなことしてたっけ?」龍は赤くなって少しうつむきながら言った。

「いいじゃないか。別に隠すことでもないし」健太郎が龍の頭を乱暴に撫でた。

「それにあのポスターは何だ?」修平が壁の一番大きな額に収められた写真を指さした。「これは?」違う場所に貼ってあるのは真雪が馬に乗っている写真。「こっちにも」草原で麦わら帽子をかぶった真雪。

「おまえの部屋、真雪まみれじゃねえか」

「そ、そりゃまあ、そうだけどさ……」龍は頭を掻いた。

「で、どうなんだ?」

「どうって?」

「真雪、抱いてて気持ちいいか?」

「そ、そりゃあもう」龍は身を乗り出した。「特に彼女のおっぱいは最高。ずっと顔を埋めていたくなるよ」

「お子ちゃまめ。ま、あいつ巨乳だしな。俺もあいつの彼氏だったら埋めたくもなる」

 修平がにやにやしながら言った。「それで6月から毎晩のようにヤってるわけなんだな?」

「ま、毎晩なんて無理無理。身が持たないよ」

「身が持たない? わははは! 真雪と同じこと言ってやがら」

「こいつらな、」健太郎が横目で龍を見ながら言った。「隣のマユの部屋で平均三日に一度の割合で絡み合ってるんだぞ」

「マジか。隣のケンタの部屋に聞こえるぐらいに激しいのか?」

 健太郎が困ったように言った。「なりふり構わず」

「わははは! だけどケンタも負けずにやってんだろ? 春菜と」

「俺たちはこいつらみたいに大声で喘いだりしないから」

 龍は開き直ったように口をとがらせて言った。「ご・め・ん・ね、うるさくしちゃって」

「隣どうしでヤりまくってんのな。おまえんち、まるでラブホじゃねえか」

 

 一つ咳払いをして龍が言った。「そういう修平さんは夏輝さんのどこが好きなの?」

「性格か? それともカラダか?」

「んー、どっちも聞かせて」

「性格はな、俺に似て突っ走り易いし、すぐキレる。でもすぐに甘えてくる」

「いわゆる『ツンデレ』ってやつだね。で、カラダは?」

「俺、あいつの脚が大好きでな。いつまでもしがみついていたくなる」

「しがみつくのか? おまえはコアラか」健太郎が言った。

「だけどあのやろ、デートの時は必ずミニスカート穿いてくっから、俺いつもムラムラしてんだ」

 

「じゃあ、ケン兄はどうなの? 春菜さんのどこが好き?」

「性格についちゃさっき聞いたから、身体な、カラダ」修平が念を押した。

「俺は、あの眼鏡だな」

「え? 眼鏡?」

「なんだよ、それ」

「春菜さんの眼鏡を掛けた顔をじっと見てると、むちゃくちゃ興奮する。不思議だろ?」

「理解できねえ」

「なんでだよ」

「だって、おまえ、眼鏡に顔埋めたりしがみついたりできねえじゃねえか」

「いや、眼鏡に興奮しているわけじゃなくて、眼鏡を掛けた顔に興奮してるんだよ」

「そうやって我慢できなくなったらどういう行動に出るの?」龍が訊いた。

 

「キスするしかないだろ」

 

「そ……そうか、そう来たか」龍が一本取られたという顔をしてつぶやいた。

「ううむ……。結局ケンタの行動が一番マトモだってことに落ち着いちまったか……。何か悔しいな」

 

 

「ねえねえ、ケンジおじ」真雪だった。

「な、なんだ?」

「夏輝を抱きしめてやってくれない?」

「えっ?」

「この子、お父さんに抱かれたこと、一度もないんだよ」

「…………」

「あたし、お父ちゃんにぎゅって抱きしめられる夢を時々みるんです。写真でしか知らないけど。でも、ケンジさん、あたしの憧れの人だし、って言うか、なんか、あたしのお父ちゃんだったらいいな、ってずっと思ってて……」

 

 ミカがキッチンからリビングに大きなサラダボールを持ってやって来た。「抱いてやりなよ、ケンジ」

「夏輝ちゃんは、それで心が癒されるの?」

「はい。ケンジさん……」

 

 ケンジは微笑みながら立ち上がって言った。「おいで」

 夏輝も立ち上がった。そしてじっとして目を閉じた。ケンジはそっと背中に腕を回し、ゆっくりと力を込めて彼女の身体を抱きしめた。夏輝はケンジの広い胸に頬を当てた。

 

 生まれて初めて感じる温かさと安心感だった。彼女の閉じられた両目から涙がこぼれた。「お、お父ちゃん……」

 

 すぐに夏輝は目を開け、顔を上げた。「ありがとうございました。やっとあたしの夢が叶いました」そしてにっこりと笑った。ケンジも微笑みを返した。

「これであたしのお母ちゃんを抱いてくれたら最高だな」夏輝がはしゃぎながら言った。「ケンジさん、お母ちゃんと知り合いなんでしょ? 一度ベッドを共にしてやってもらえませんか?」

「ばっ! ばかなこと言うもんじゃない! そ、そんなことできるわけないじゃないか」

 

 ピンポーン。その時玄関のチャイムが鳴らされた。「お、やっと来たか」ミカがスリッパをパタパタ言わせて玄関ホールに急ぎ、ドアを開けた。

「ミカ、悪いね、遠慮なくお邪魔するよ」表には陽子が菓子折を持って立っていた。

「ああ、上がんな。もう娘たち、賑やかに盛り上がってるよ」

 

 ミカは陽子を中に招き入れた。

「やあ、ケン坊、ごめんね、あたしまで呼んでもらっちゃって」

「い、いえいえ。気にしないで下さい、よ、陽子先輩」ケンジは少しおどおどして言った。

「どうしたの? 顔が赤いよ」

「ほんっと、ケンジさんてシャイなんですね」夏輝がにこにこ笑いながら言った。「素敵っ」

「なに? どうかしたのか? 夏輝」陽子が娘の横に立って言った。

「後でゆっくり話してあげるよ、お母ちゃん」

 

 ミカが腰に手を当てて二階に向かって叫んだ。「龍、健太郎、それに修平! 降りてこい。夕飯だぞー」

 

――the End

 

                                                              2013,8,1脱稿(2016,4,14改訂)

 

 

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《Marron Chocolate Time あとがき》

 最後までお読み頂き感謝します。

 さて、シリーズ物の小説の場合、途中で新しいキャラクターを登場させるのには、慎重を期さなければなりません。その後の展開に少なからず影響を与えるからです。

 今までの主人公たちの時間を壊すことなく、しかし、新鮮な雰囲気をもたらし、物語の世界を広げる、そういう役目を持っているのです。

 今回登場した天道修平、月影春菜、日向夏輝、そしてその母親日向陽子。それぞれにかなりクセのあるパーソナリティを持った人物たちです。

 第一期では、ケンジやマユミの学校の友人たちはそれほど重要な役回りを持ってはいませんでした。どちらかというと海棠兄妹の関係がずっとその中心になっていたわけです。しかし、第二期では、二世たちの行動範囲を広げることで、『学園』モノに近い雰囲気を持ち込もうと企てました。

中一当時の修平と健太郎
中一当時の修平と健太郎

 

 健太郎と修平とは古くからの親友ですが、性格や行動はずいぶん違います(二人は中学に入学した時、些細なことで殴り合いのケンカをして以来の大親友同士です)。突っ走りやすくがさつな感じのする修平ですが、根っこのところは健太郎と同じく、かなり照れ屋です。本心とは違うことを言ったり、行動したりするのは、とてもやんちゃな感じで、それが彼の愛すべき性格とも言えます。同じように跳ねっ返りの夏輝と付き合い始めたことは、修平にとっては、いい意味で幸せなことかもしれません。もちろん二人が穏やかな時を過ごす場面を想像するのは逆に難しいですけどね。

 月影春菜は眼鏡属性で、ややマニアックな香りのする女の子。今までの女性登場人物とは少し趣が異なります。地味な感じなので、健太郎との初体験も、夏輝たちの賑やかなそれに比べると、影が薄い感じもしないではありません。ただ、健太郎はどちらかというと龍や修平に比べると落ち着いていて、より紳士的な男子なので、春菜には安心できるのかも知れません。健太郎が伯母のミカから手ほどきを受けて磨いてきたセックスのテクニックが、春菜への余裕の対応に繋がっているのも事実です。高校生にしてはちょっと大人びすぎているような気もしますけどね。

→基礎知識『ミカと健太郎』

 

 栗の花には揮発性の物質『スペルミン』が含まれていて、それがあの独特の匂いを発します。はい『スペルミン』という名前からも解るとおり、それは精液にも含まれています。昔からオトコの出すそれを『クリノハナ』と言ったりするのはそのためです。よくそれを「イカくさい」と表現する漫画や小説がありますが、あれは、皮膚に残ったそれが、雑菌によって少々不潔になったことで発する匂い。本来の精液の匂いは、どちらかというと塩素系の漂白剤に似た、意外に爽やかな感じもする香りです。

 

 ところでこの作品、2013年の夏に発表したときは、修平も健太郎もコンドームを使わずにエッチに挑み、思い切りそれぞれのパートナーの中に出す、という展開になっていました。しかし時を経て、彼らが大人になっていろいろな経験を積み、それぞれの関係を築いていくうちに、作者である僕の中に、この二人の記念すべき体験をそんな無責任な行為にしてはいけないなあ、と思い始めました。特に修平に関して言えば、ほとんどエッチに関する知識のないまま挑んだ夏輝との一度目の行為の失敗を乗り越える必要があり、そのためにはちゃんと避妊もするということから覚えていくという流れの方が自然だと考えたのです。元来頭が良くて理解力のある修平という男は、しかし突っ走りかけると理性が吹き飛んでしまう、ということを親友の健太郎はよく知っています→基礎知識『修平と健太郎』。ですから避妊具の使い方を修平に教えるのは当然健太郎であるはずで、そういう『指導』をしておいて自分が春菜と繋がるときはコンドームを使わない、というわけにはいかないでしょう。そもそも『Chocolate Time』のレギュラーの中で、紳士ケンジの血を最も色濃く受け継ぐ健太郎が、初めての女の子とのセックスの時に「中出し」という行為に甘んじることは、考えてみればあり得ないことでした。

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