Twin's Story "Chocolate Time" 外伝第3集 第4話
アダルトビデオの向こう側
《2.初仕事》
その三日後に香代に生理が来た。リカに言われていた通り、その日から経口避妊薬を飲み始めた。撮影見学の時に黒田社長からもらったタブレットは三シート、つまり三か月分だった。
「毎日決まった時間に飲むのよ」
夕食の時リカはそう言って、自分の薬を口に放り込み、ビールで喉に流し込んだ。
「私、再来週初仕事なの」
香代が箸を止めて、向かいに座ったリカに言った。
「そう、いよいよね。台本ももらったの?」
香代は小さくうなずいた。
「どんな話? っていうかシチュエーション?」
「人妻が訪ねてきた水道工事の男に、その、犯されるっていう話なの」
ふふんと鼻を鳴らしてリカが言った。
「社長らしいわね。あの人変態だから。どうせその工事の男って社長本人なんでしょ?」
香代は黙って首を縦に振った。
「恒例なのよ。新人女優の最初の作品は必ず自分が相手役になるの」
「そう……なの」
「後でさ、あたいがアドバイスしてあげる。演技の仕方とか、社長のあしらい方とか」
「そ、そう。助かる」
香代は箸を持ち直して、ごはんを口に入れた。
「香代さんの作る料理、おいしいわね」
「そう?」
「いやあ、久しぶりに食べたわ。こんな家庭的な料理、煮魚なんて長いこと口にしてなかったもん」
リカは鼻歌を歌いながらカレイの煮物を箸でつついた。
「カレイは年中出回っててそこそこ安いから。でも今から鯵とか鰯とかが美味しくなるわ」
リカは箸を止めて目を上げた。「魚にも時期みたいなのがあるの?」
香代はうなずいて微笑んだ。「旬のものは野菜でも魚でも美味しくて安いの。食べない手はないでしょ?」
「そうかー、そうなんだー」
リカは感心したようにこくこくうなずいてまたカレイの身をほぐし始めた。
香代が箸を休めて訊いた。
「こないだの撮影で来てた人たちも、『Pinky Madam』の社員なの?」
「ううん。メーカーの人よ。制作会社『クリエイト・えろす』の社員。でも拓也はフリー。あの子腕がいいから幾つかのメーカーがいつも使ってる。けっこう忙しいみたい」
「そうなの」
「うちの黒田はあのメーカーに無理矢理首突っ込んで、自分で台本書いたり監督したりしてるんだよ。厚かましいったらありゃしない」
香代はひじきの煮物に伸ばしかけた箸を止めて目を上げた。「拓也さんて、幾つなの? 歳」
「あたいの一つ下。28」そして目だけを香代に向けて続けた。「なに? 拓也が気になるの?」
香代は少したじろいだように目をしばたたかせた。「いえ、そんなんじゃなくて、彼が私の今度の作品を撮ってくれるって言うから……」
「そうなの? 良かったじゃない」
リカはにこにこ笑いながらテーブルの缶ビールを持ち上げた。
黒田の事務所に呼び出された拓也は、その台本を読み終えると顔を上げ、セカンドカメラを担当する『クリエイト・えろす』の新米カメラマンに小声で言った。
「無理だよな、初仕事の女優にこんな濃い話」
「香代さんって、今度入ってきた新人なんでしょ?」
「そう。いくらなんでも、最初の作品がレイプ物なんて……」
拓也は小さく舌打ちをしてちらりとデスクの黒田に目をやった。
「どうだ、拓也、激しくて面白そうだろ?」
黒田が椅子の背もたれにふんぞり返って大声で言った。
「ちょっとやり過ぎじゃないですか? 社長」
「どこがだ。AVって言ったらこんなの普通じゃないか」
「でも主役を務める香代さんにとっては初めての作品なんでしょう?」
「黙れ。俺の台本にけちをつけるな!」
黒田は額に青筋を立てて恫喝した。そしてすぐに片頬に品のない笑みを浮かべて言った。
「いつものようにいやらしく撮るんだぞ」
黒田は上機嫌で高笑いをしながら、タバコの煙を鼻から吹き出した。
カレンダーは7月になっていた。
撮影当日、朝の7時頃に起きた香代は、洗顔を終えるとすぐ黒田に渡された避妊薬を飲んだ。そしてキッチンに立って冷蔵庫から卵を二個取り出した。
フライパンを火に掛けた時、背後から声がした。
「ねえ、香代さん」
「あ、リカさん、おはよう」
「朝ご飯、もうちょっと遅くしない?」
リカは遠慮なく大口を開けてあくびをし、大きく伸びをした。
「ごめんね、つき合わせちゃって」
リカは頬をぼりぼり掻きながら言った。
「しかたないか。緊張してるんでしょ? 初仕事」
香代は困ったような顔で笑った。
「とにかく頑張ってね、としか言えないけど……」
「うん、わかってる。ありがとう、気遣ってくれて」
撮影場所は香代たちのアパートからタクシーで10分ほど離れたマンションの一室だった。その部屋は『Pinky Madam』の撮影所として借りられていて、内装も部屋毎に違っていた。温泉宿風の純和室もあれば、モダンなオフィス風の洋室もあった。浴室の天井にも防水加工された照明器具が取り付けられていた。
香代はその部屋のキッチンに案内された。普通の家のそれより広めの空間で、カメラや機材を置くスペースが確保されているのだった。
別室で黒田の妻厚子に監視されるように付き添われて白いブラウスと薄いピンクのスカートを身につけ、黒いパンストを直穿きさせられた香代は、シンクの前に立って、作業服姿の黒田に指示を受けた。
「台本通りだ。いいね?」
香代は決心したようにうなずいた。
「コトが始まったらできるだけ抵抗しなさい。その方が見る者を楽しませる」
「あの、」
「ん?」
「さ、最後までいくんですか?」
「最後まで? つまり突っ込まれてぶっ放されるまでってことかね?」
香代は赤くなってうなずいた。
「当たり前だ。台本にも書いてあっただろ? 今さらイヤだとは言えないはずだ。キミはうちの契約女優なんだからな」
黒田はたたみかけるように言った。
「薬もちゃんと渡しておいたじゃないか。飲んでないのか?」
「いえ、飲んでます。ちゃんと……」
「だったら問題ない」
黒田はそこにいるスタッフを見回して大声で言った。
「よし、始めるぞ」
玄関ドアを開けて、黒田が扮した水道工事の男が入ってきた。香代が演じるカヨコは前掛けで手を拭きながらその男を招き入れ、水漏れがして困ってるんです、とだけ伝えた。工事の男はそうですか、と言ってカヨコにシンクの下の棚を開けさせた。
どこから水漏れがしているか教えて下さい、と工事の男がにやにやしながら言うと、カヨコはその棚の中に頭を突っ込んだ。
黒田が小声で言った。「もっと尻を突き出すんだ」
カヨコは言われた通りに四つん這いで頭をシンクの下に突っ込み、尻を高く持ち上げるように背をそらした。
メインカメラを抱えた拓也は、側面からカヨコの黒いパンストに包まれた尻と黒田が入るように位置を決めた。
カヨコの豊かな尻を、黒田がいきなり鷲づかみにした。
きゃっと悲鳴を上げて、カヨコは身を引き、床に倒れ込んだ。
「さあ、奥さん、俺と楽しみましょう」
「いや、やめて!」
カヨコは本気で青ざめ、抵抗を始めた。
床に四つん這いにされ、スカートを剥ぎ取られて黒のパンストを穿いたヒップが露わにされると、その丸い肌を黒田のごつごつした指が容赦なく揉みしだいた。
それから黒田はカヨコの身体を無理矢理床に押し倒し、仰向けにさせるとパンストをの股間を一気にビリビリと乱暴に破った。カヨコは震えながら両手を後ろについて身体を起こし、怯えた表情で黒田を睨み付けていた。
拓也は苦々しい表情でカメラを操り、その表情をアップにしていく。
「ここも水漏れしているようですな」
いやらしい顔で黒田はそう言いながらカヨコの露わになった秘部を指でまさぐった。
しばらくその行為を続けていた黒田が、カヨコの股間から指を離し、声を荒げた。
「カメラを止めろ。何だ全然濡れてないじゃないか!」
恐怖に引きつった表情のまま、カヨコは凍り付いたようにその場で身動きできずにいた。
「ローション持ってこい! これじゃ画にならん!」
弁護士のくせになぜかアシスタントを務めている林が慌てて赤いラベルのローションを取り出し黒田に手渡すと、その作業服の男はチューブの先を直接カヨコの谷間に突っ込んで中にぬるぬるした液体を直に注ぎ入れた。
「よし、これでいい。続けるぞ、拓也、カメラいいか?」
それからカヨコの身体は黒田に存分に弄ばれた。着ていたシャツを剥ぎ取られ、つけていたブラも引きちぎられ、すぐに上半身は裸にさせられた。そして秘部を無理矢理開かれ、二本の指を突っ込まれて激しく出し入れされると、カヨコは苦痛に顔をゆがませて叫んだ。
「やめてっ! もうやめてっ!」
工事の男はそのカヨコの口を自分の唇で塞ぎ、ちゅうちゅうという音を立てて吸い、舌でべろべろとカヨコの唇を舐め回した。
苦いタバコの匂いと味がして、香代は気が遠くなりそうだった。
それでも黒田は手を緩めることなく、自分のズボンと下着を下ろしていきり立ったものをカヨコの顔に近づけた。そうして、さあ、咥えて下さい、奥さん、好きなんでしょう? と言いながら、半ば無理矢理カヨコの口をこじ開け、それを中に突っ込んで腰を大きく動かし始めた。
床に押さえつけられ、抵抗できないまま、口を浅黒く強烈に饐(す)えた匂いのするペニスに陵辱され、カヨコは涙をぽろぽろこぼしながら呻くだけだった。
拓也はたまらず叫んだ。「社長!」
黒田は動きを止め、そのカメラマンを睨み付けた。
「何だ、邪魔するな、いいとこなんだ。撮り続けろ!」
そしてカヨコの口からペニスを抜き去ると、彼女の両脚を大きく開いて持ち上げ、躊躇うことなくその谷間に濡れそぼった男の武器を突っ込んだ。
「いやーっ!」カヨコは最大級の悲鳴を上げた。
その表情をアップで捉えていたカメラのレンズ越しに、泣き叫ぶ香代は拓也をすがるような目で見つめていた。拓也は胸の奥から今まで感じたことのない怒りと悔しさと、香代への強い同情の気持ちが湧き上がってきた。
事が終わり、玄関口に立って乱れた着衣を整えながら、水道工事の男は涼しい顔で言い放った。
「奥さん、良かったでしょう? また来ますよ。あなたの水漏れを修理しに」
そしてドアを開けて出て行った。
その時、モニター近くに能面のような表情で立っていた黒田厚子は、片頬でにやりと笑うと、同じようにドアを開けてその部屋を無言で出て行った。
カメラを止めた拓也は、床に放心状態で横たわる香代に駆け寄り、抱き上げた。
「香代さん!」
香代は口元も秘部もどろどろに犯されたまましゃくり上げていた。
「大丈夫ですか、香代さん!」
その時香代はいきなり拓也の腕から離れ、破られた黒いパンストだけを下半身に貼りつけたままの憐れな姿で口を押さえて焦ったようにトイレに駆け込んだ。
間もなくトイレの中から香代が激しく嘔吐する音が聞こえた。
その場にいたスタッフは一様に黙り込み、お互い顔を見合わせて身を固くしていた。
◆
「どうしたの?」
美容室からアパートに帰ってきたリカは、リビングのソファに力なく横たわった香代を見て心配そうに言った。
香代はその同居人の顔をちらりと見て、またすぐに焦点の定まらない目をしてため息をついた。
リカは向かいのソファに腰掛け、バッグを肩から下ろして同じようなため息をついた後、静かに言った。
「そんなにショックだったんだ、香代さん」
香代は目を閉じ、またため息をついた。
「最初の撮影の後はあたいもそうだったよ。慰めにならないかもしんないけど、そのうち慣れる……から」
そこまで言って、リカは香代の着ているブラウスの右袖口に血がついているのに気づいた。彼女は胸騒ぎを覚えてソファから慌てて立ち上がり、香代の右手を取った。
香代の手首に無数の切り傷があり、血が滲んでいる。
「ちょ、ちょっと! 香代さん!」
リカは思わず香代を抱き起こし、ソファに座らせると、玄関ホールのストッカーから救急箱を運んできた。香代の手首に包帯を巻きながら、リカは強い口調で言った。
「どうしてこんなことしたの? そりゃあ、ショックだったことはわかるけど、こんなことするぐらい辛かったの?」
力なく背を丸めてソファに埋まり込むように座り込んだまま、香代は何も言わずうなだれていた。
香代の手首の処置を済ませたリカはスマホを取り出し、プッシュした。
「あ、拓也? あたい、リカ」
『ああ、リカ。どうしたんだ?』
リカは大声を出した。
「どうしたもこうしたもないでしょ! 今日の香代さんの撮影で何があったのよ」
しばらく沈黙した後、拓也は重苦しい声で言った。
『何って……』
「撮影してたのあんたでしょ? 今から来て、すぐに。事情が訊きたい」
香代たちのアパートを訪ねた拓也は、リカに腕を掴まれ、強引にリビングのソファに座らされた。
「香代さんは?」
「部屋に寝かしつけたよ。さっき」
「何か聞いたのか? 香代さんに」
リカは拓也の前に仁王立ちになって腕をこまぬき、彼を見下ろした。
「何も言ってくれないわよ。だからあんたを呼んだんでしょ」
「リカ、俺、思うんだけど、香代さんってやっぱりこの世界にいる人じゃないんじゃないかな……」
リカは声を荒げた。「そんなことわかってる! それでも事情があってしかたなくここにいるんでしょ?」
「香代さん、どんな様子なんだ?」
リカは拓也を睨み付けて言った。「リストカットしてた」
「ええっ?!」
「撮影で何されたのよ、あの人」
それからリカは、拓也から今日の撮影の様子を詳しく聞かされた。
「調子に乗り過ぎだよ、黒田」リカは吐き捨てるように言った。「初めての撮影でそんな台本……あんた知ってたんじゃないの?」
「知ってたさ。俺だって意見したよ、社長に」
「確かにそれを素直に聞き入れるようなヤツじゃないか……」
「あそこまで乱暴なことされるとは思わなかったから……俺も」
「女性スタッフは一人もいなかったの?」
拓也は無念そうに言った。
「厚子さんが一人。でも何もしないでずっと見てただけ。いつものように……」
「あんなの全然役に立たないじゃない! いてもいなくても一緒よ」
しばらくの沈黙の後、リカが静かに口を開いた。
「もう足を洗わせようよ、香代さんには」
「そうだな……」
その時リビングのドアが開き、香代が姿を見せた。
「だめなの……」
「香代さん!」思わず拓也は立ち上がり、叫んだ。
「私、続けます。この仕事……」
「もう、無理なんじゃないの? 香代さん」リカが重苦しい口調で言って、ドアにもたれかかるようにして立っていた香代の腕を取って、拓也の隣に座らせた。
「お金を返さなきゃいけないんです。どうしても……」
「家族に事情を話してさ、もっとまっとうな仕事をしたら?」
香代は力なく首を横に振った。
「黒田社長が借金の肩代わりをしてくれてるんです。それに、主人がしでかしたあの浅ましい事実をお義父さんや息子に知らせるわけには……」
「でも香代さん」拓也が隣の香代に身体を向けた。「このままこの仕事を続けたら、貴女がまいってしまうよ」
「大丈夫です。今日は初めてだったからショックが大きかったけど、次からは……」
リカと拓也は顔を見合わせ、同じようなため息をついた。
「ただ、」香代は拓也に目を向けた。「カメラはいつも貴男に回して欲しいの」
「え?」拓也は意表を突かれて高い声を出した。
「リカさんと貴男がいてくれたら続けられると思うの。だから……」
しばらくの沈黙の後、香代は消え入るような声で言った。「わがまま言ってごめんなさい……」
「わかりました」拓也は香代の手を取った。「貴女の作品は僕が欠かさず撮る」
拓也はあの時の香代の目が忘れられなかった。まるで道に迷い、怯えた子犬のような憐れで、しかし純粋な香代の自分に向けられたまなざしは、ずっと彼の瞼の裏にこびりついていたのだ。
「それがいいわね。でさ、」リカが言った。「社長にも言ってやってよ、拓也。今度からちゃんとした男優を相手につけるように」
「そうだね。今回のことで香代さんはもう社長とは絡ませられないね。下手をするとフラッシュバックが起きてしまう」
「拓也ぐらいしかいないから、社長に意見できるの」
「ありがとう……」香代の瞳から涙がこぼれ落ちた。「ほんとにありがとう、二人とも……」
◆
その二日後、林が香代をアパートに訪ねた。
「こないだはご苦労さん。今週中には編集が終わって今月中には製品になるらしいよ」
玄関先に立ったまま、額から流れる汗をグレーのハンカチでしきりに拭きながら、中に入ろうともせず林は上機嫌で言った。
「そうですか……」
香代はあの撮影の苦しみを思い出して思わず唇を噛んだ。酸っぱいものが少し喉元に上がってきて、香代は思わず顔をしかめた。
「それじゃ、これ、」林がバッグから茶封筒を取り出した。「今回の貴女の取り分」
「ありがとうございます」
香代は丁寧に頭を下げ、それを受け取った。
林はそのままそそくさと帰って行った。
香代はその場で封筒の中身を確認した。一万円札が三枚入っていた。
「何それ。安っ!」
リビングで、いつものように香代と向かい合って夕食をとっていたリカが、ビールの缶から思わず口を離して言った。
「あんたをあれだけ虐待しておきながら、なに? その額」
「ビデオ見たの? リカさん」
「あたいも気になって、編集途中のやつを黒田に見せてもらった」
「そう……」
「想像以上にひどいやり方だったわね」そして眉尻を下げ、香代の目を見つめた。「香代さん本気で怯えてたね」
香代はぽつりと言った。
「あんなのが製品になって売られるのね……」
「黒田のヤツ、めっちゃ上機嫌だったよ。ほんとにレイプされてるようだ、って」
「……」
「ほとんど本物のレイプだよ、あれ。なのにたったの3万円しか払わないってわけ?」
「私の借金分を林さんが黒田社長に返してくれてるんだもの、しかたないわよ」
「実際のギャラはいくらなの?」
「さあ」
「『さあ』って、香代さん、あんたちゃんと聞いといた方がいいよ。ごまかされちゃうよ」
「心配ないわ、だって林さんは私の主人の同級生だもの。信用できる人よ」
リカは何も言わず肩をすくめ、ビールを飲んだ。
「リカさんのギャラはいくらなの?」
「あたいは一本につき10万はもらってるよ」
「ほんとに? すごい。やっぱり5年も続けてるとそんなにもらえるのね」
「でもね、今はそれなりに仕事はあるけど、その内飽きられて出演依頼も減るかも」
丸い寿司桶から数の子のにぎり寿司を箸でつまみ上げて香代が言った。
「いずれは辞めるんでしょ? リカさん」
「そうね、今のうちはとりあえず稼げてるから考えてないけど、いずれはね」
「私、あなたと同居できてほんとに良かった」
「なに、いきなり」
「だって、リカさんいい人だもの」
「よしてよ。あたいの方こそ、こんなお寿司ごちそうしてもらっちゃって悪いわね」
「初めてのお給料だし、リカさんにはいつもお世話になってるし」
「薄給なのに無理しないの」
リカは軽く香代を睨んだ。
香代はにこにこ笑いながらリカを見ていた。