Twin's Story 外伝 "Hot Chocolate Time" 第1集
第12話 悪友タイム
「おい、龍、」
中学の卒業式を間近に控えたとある金曜日の放課後、クラスメートのたけしが龍を呼び止めた。
「なんだ、たけし」
「今日は学校早く終わったし、おまえんちに遊びに行っていいか? ひろしと一緒に」
「ひろしと?」
「ああ。今週発売の雑誌、買ったからってさ」
「いいよ、別に」
「じゃあこのままおまえんちに行くから」たけしは不必要に満面に笑みをたたえながら龍の肩を乱暴に叩いた。
山本たけしも川本ひろしも龍の水泳部の友人だった。現役の頃は、もう一人の友人森本あつしとともにメドレーリレーで何度も大会の表彰台に上った。
「おじゃましまーす!」たけしが海棠家の玄関を入るなり大声で言った。ミカが顔を出した。「おお、たけしにひろし。いらっしゃい。何だこんな時間に。もう学校終わったのか?」
「うん」ひろしが言った。「今日は早く終わったんで、速攻で遊びにきたんっす」
「上がりな。龍、牛乳でいいか?」
「俺はいいけど、普通お客に出す飲み物は牛乳ってことにはならないんじゃない?」
「ひろし、背、伸ばしたいかと思ってさ」
「ほっといてよ、ミカおばちゃん」ひろしは身長が160㌢だった。中三にしては小柄な男子だ。
三人は階段を上がっていった。
「入れよ」龍がドアを開けて二人の友人を促した。
先に部屋に足を踏み入れたたけしが言った。「最近特に思うんだが」
「何だよ」
「おまえの部屋って、なんかこう、中学生男子の部屋っぽくないな」
「そうか?」
「ひろし、お前もそう思わないか?」
「思う。妙に片づいてる。俺たちがこうして抜き打ちで遊びに来ても、ちゃんと片づいてる。謎だ」
「おまえらと違って俺はきれい好きなんだよ」龍が言いながらドアを閉めた。
ひろしが腕組みをして言った。「そうかー? だって、お前中一ぐらいまでこの部屋めちゃくちゃ散らかってたじゃねえか。あの頃と比べっと、まるで別人の部屋だぜ」
「何かあったのか? 龍。あれから」たけしがいぶかしげに龍の顔を見た。
「べ、別に、何も」
「誰かにやってもらってる、とか」
「と、時々はな。か、母さんが勝手に片づけてくれてるらしいんだ」
その時ドアが開いて、三つのコップと飲み物と焼きスルメを載せたトレイを持ったミカが入ってきた。「あたしはこの部屋を片づけたことなんか今まで一度もないよ。牛乳、パイナップルジュース、麦茶、どれでも好きなもの飲みな」そうして龍にそのトレイを預けて、すぐに部屋を出て行った。
「何で嘘を言う?」たけしが龍を睨んだ。
「これではっきりしたな」ひろしも低い声で言った。
「な、何がだよ」龍はそわそわしながら、トレイをぴかぴかで指紋一つついていないガラスのテーブルに置いた。
「おまえが自分でこの部屋を片づけてるわけじゃなくて、誰かにやってもらってるってこと……。母親以外の誰かに」
「怪しすぎる」
「い、いいだろ、そんなプライベートなことに首突っ込むな。飲み物、どれがいい?」
「たけし、後で追求しようぜ」ひろしがそう言いながらパイナップルジュースのペットボトルを手に取った。
「そ、それはだめだ」龍がすかさず言った。
「は?」ひろしが手を止めて顔を上げた。
「パ、パイナップルジュースは飲むな」
「何でだよ」納得いかない顔でひろしは龍を睨んだ。「この三つの中で、中学生が客として飲むとしたら、これが一番それらしいじゃねえか」
「い、いや、おまえ身長伸ばしたいんだろ? 牛乳にしろ、牛乳に」
「大きなお世話だ」
「何か理由があるのか?」たけしが訊いた。「なんでこのジュース飲んじゃいけないんだよ」
「しょ、賞味期限が切れてる」龍が慌てて言った。
たけしはひろしからボトルを取り上げた。そしてそのキャップに刻印されている日付を見た。「賞味期限、来年だぜ」
「何で嘘を言う?」ひろしが言った。
「これではっきりしたな」たけしが低い声で言った。
「な、何がだよ」
「龍、おまえ、パイナップルジュースに何か、特別な思いがあるだろ」
ひろしが続けた。「そ、俺たちに飲ませたくない理由ってのが」
「いいから牛乳にしろ、牛乳にっ!」龍はたけしの手からジュースのボトルをむしり取ると、部屋の隅の彼らの手が届かないところに置いた。
「ひろし、後で追求しようぜ」
「そうだな」
「ところで、」たけしが眉間にしわを寄せて言った。「なんで焼きスルメなんだ?」
「確かに。こういう場合、普通ポテチかクッキー系じゃねえの?」
「母さんのシュミなんだよ」
「そうそう、今週発売の雑誌、出せよ、ひろし」たけしがにやりとして言った。
「雑誌って……。ひろし、学校にそんなの、朝から持っていってたのか?」龍が訊いた。
「ああ、こっそりな」
「学校で読むほどのものか? 『少年チャンプ』」
「だれが少年チャンプっつった」
「え? だって、おまえがいつも買ってるのって……」
ひろしは通学バッグを開けて、紙袋を取り出した。「それに週刊じゃねえ、月刊だ」
ひろしからそれを受け取ったたけしが焦ったように袋から雑誌を取り出した。水着姿の女性の大きな写真が表紙を飾っていた。
「なっ!」龍は大声を出した。「なんだ、それ?」
「純情でお子ちゃまな龍には刺激が強すぎるってか?」たけしがにやにやしながらその表紙を見せびらかした。
「今月の特集はほしのあみなんだぜ」ひろしが楽しそうに言った。「俺、ファンなんだ。このでっかいちちがたまんねえよ」
「ほ、ほしのあみ?」龍は赤面した。
「ほれほれ!」ひろしがそのページを開けて龍の顔に近づけた。
「どうだ? 鼻血出すなよ、龍」
龍はその大きなバストのほしのあみが黄色い水着姿で微笑んでいる写真のページを右手で押しやって言った。「べ、別に、こんなの見ても、何ともないね」
「嘘つけ」たけしが言った。「もし、こんな写真に興味がないってんなら、おまえは病気だ」
「そうだそうだ」ひろしも言った。「男子中学生がこのテのものに興味を示さねえはずがねえ」
「だって、ほしのあみの胸、触れないじゃないか」
龍がぼそっと言ったその言葉に、たけしもひろしも凍り付いた。「な、何だって?」
しばしの張り詰めた沈黙の後、ひろしはその雑誌を静かに床に置き、龍の顔をしげしげとのぞき込みながら震える声で言った。「りゅ、龍、お、おまえの口から、そんな言葉が出てくるなんて……」
たけしも言った。「『胸に触れない』? な、何だよその意味深な発言……」
「な、なんだよ。い、一般論だ。女の人のバストって、見てるより触る方がいいだろ? おまえらだって」
「何かある……」たけしが腕組みをして目を閉じた。
「今までのおまえの言動を総合すっと、」ひろしが静かに口を開いた。「おまえにゃ実はもうつき合ってる彼女がいて、この部屋を掃除してくれたり、おまえに胸を触らせたりしてくれてる。そうなんだな? 龍」
「しかも、その女はほしのあみを上回る巨乳の持ち主……」
「ばっ! ばかなこと言うな! そ、そんな彼女なんているわけないだろっ!」
「無駄に大声出してやがるし……」たけしも静かに言った。
「そう言えば、この部屋、女のコっぽい匂いがすんな。何つーか、チョコレートみたいな甘い……。そう思わねえか? たけし」
「うん。俺もそう思ってた。少なくとも男の部屋の匂いじゃない」
「龍……純情で、奥手なやつだと思ってたが……」憐れむような目でひろしが龍を見た。「おまえもただのエロ男子中学生だったか……」
「誰だ? 龍、白状しろっ!」たけしが叫んだ。
龍はだらだらと冷や汗をかき始めた。
「麗子、奈津実、亜紀、」たけしは指を折りながらつぶやいた。「水泳部で巨乳っつったら、この三人」
「おまえ、あいつらの水着姿に熱い視線、送ってたんだな? ってか、このうちの誰かとつき合ってんだろ?」
「違うね」
「おっと、即答」
「しかも自信たっぷり」
「もういいだろ! おとなしくその雑誌見てろよ。俺のことなんかほっといてくれ」
◆
たけしとひろしは龍の部屋の中をうろうろと歩き回っていた。「何か証拠はないものか……」
「いいから、おとなしく座ってろ!」龍がいらいらしながら言った。
きちんと整頓された机の上や本棚をいじり回しながらひろしは言った。「べつに怪しげな写真もねえし、メモも手紙もねえ」
天井や壁を見回していたたけしが言った。「飾ってあるポスターや写真にも怪しいものはないな」
「それにしても、いとこの真雪さんの写真がやたらと多くないか?」ひろしがたけしの方を振り向いて言った。
龍はびくびくしていた。
「ああ、それは前から俺も思ってた。ま、手近な女性モデルだからな。龍のいとこだし」
「そ、その通り。真雪……姉ちゃんは気軽に写真撮らせてくれるから、いい練習になってるんだ」龍が少しほっとしたように言った。
「そうか」ひろしは壁に掛けられた、ひときわ大きな額に納められた写真を顎に手を当ててじっと見つめた。「これって、『シンチョコ』のチラシのやつだろ?」
「そうだ」
「うん。うまく撮れてる。中学生の腕とは思えねえ」
「俺にもプリントしてくれよ」たけしが龍を見て言った。「俺、真雪さんの胸とか脚とか、好きなんだ」
「俺も。ナイスバディの真雪さんの写真、もらいてえな」
「お断りだ」
「何でだよ」
「あのな、写真っていうのは『作品』だ。軽々しくコピーしちゃいけないんだぞ」
「そんなこと言って、こないだおまえが撮ってた球技大会の写真、山ほどプリントして配ってたじゃねーか」
「あ、あれとこれとは別だ。それにこれは真雪……姉ちゃんに許可もらわないと……」
「いわゆる肖像権、ってやつ?」
「そ、そうだ」
「そう言やおまえ、高校では写真部に入るんだって?」たけしが言った。
「そうだな。ラッキーだったよ。写真部なんてどこの学校にでもあるわけじゃないし」
「何で水泳続けないんだよ。せっかく俺たちとここまできたのに」
「水泳は、親に勧められたのがきっかけだったし、俺自身の意志で続けてたってわけでも……ないしな」
「そんなに簡単にやめられるのかよ」
「趣味として続けたいとは思ってる。でも、俺、先々カメラで身を立てたい。ま、いろいろあってな。一応両親も賛成してくれてる」
「そうなんだ、ちょっと感心。おまえ将来のこと、ちゃんと考えてんのな。少し寂しい気もするが……」
たけしは龍のベッドにばふ、と腰を下ろし、ため息をつきながら何気なくベッド脇のサイドボードの小さな引き出しを開けた。
「あっ!」龍が慌てて叫んで立ち上がった。
「おおっ!」たけしが大声を出した。「おい、おい、ひろしっ! と、とんでもないもの、発見したぞ!」
「なんだなんだ?!」ひろしもばふ、とベッドに飛び込んだ。
「やめろっ!」龍は慌ててたけしの肩を掴んだ。
「コっ、コっ、コンドームっ!」ひろしが大声を出した。
「さ、触るなっ!」龍は慌ててたけしが手に取ったそのプラスチックの包みを取り上げ、元の引き出しに入れてばたんと閉めた。
「さあ、龍、聞かせてもらおうか」たけしが静かに言った。
「そうだ。真相を聞かせろ。俺たちが納得するように」ひろしも言った。
龍は真っ赤になって、二人の顔を落ち着かないように交互に見た。「ひ、一人でやるときに使ってるんだ……」
「なんでわざわざコンドーム使う?」たけしが言った。「何の意味があんだよ」
「俺もティッシュで十分だが」ひろしも言った。
「や、やっぱりさ、先々実際に使うことを考えると、い、今のうちから慣れといた方がいいだろ?」
「先々? 近々誰かとそんなことする予定、あんのか?」
「やっぱ、彼女、いるんじゃね?」
「しかもカラダの関係……」
「ちっ、違うよっ!」
「おまえ、自分で買ってるのか? それ」
「そ、そうだけど……」
「相当なエロだったんだな、龍って。知らなかった」
「すでに俺たちの手の届かないところにいやがったのか……」
「恥ずかしくないのかよ、買う時」
「恥ずかしいに決まってるだろ。でも必要なんだ」
「必要? 恥ずかしいけど必要? そんな恥ずかしい思いをして、しかも小遣いをはたいて買うほど必要だってか?」
「そうか!」たけしが手を叩いた。「忘れてた」
「どうした? たけし」
「重要な場所を調べるのを忘れてた」たけしはそう言うと、ベッド脇のゴミ箱をあさり始めた。
「たけしっ! お、おまえ、何やってる?!」龍はまた慌てふためいた。
ゴミ箱には丸まったティッシュがたくさん入っていた。
「やっぱりだ」たけしはそのうちの一つを取り出した。「何かが包まれている」
「使用済みコンドーム?」ひろしがたけしに身を寄せた。
「や、やめろっ!」龍は二人につかみかかった。ひろしはとっさに龍を羽交い締めにした。
「大正解! 百万円!」たけしが言った。「すげえ…………龍、おまえいっぱい出すのな」
「そんなに?」ひろしが言った。龍はもがいている。
「この量、ハンパないぜ。口が結んであって、水風船みたいにふくらんでる」たけしが続けた。「でも、包んでいるティッシュが張り付いててはがれない」
「張り付いて?」ひろしが言った。「どういうこった?」
「つまり、」たけしが手にぶら下げていたそれをゴミ箱にぽいと投げ入れて言った。「コンドームの外側も濡れた状態だった、ってことだよな」
「そっ、そっ、それは……」もはや龍の焦りは最高潮に達していた。
その時、部屋のドアがノックされた。「龍、開けるよ」それは真雪の声だった。
「ま、真雪……姉ちゃん……」龍の身体から力が抜けていった。「な、なんでこのタイミング……」
「いいっすよー」ひろしが、力尽きて床に倒れ込んだ龍から手を離して言った。
「いらっしゃい、ひろし君、たけし君」真雪がドアを後ろ手に閉めながら、笑顔を二人に向けた。「遊びに来てたんだね」
「お邪魔してます。真雪さん」たけしが顔を上げて言った。
「どうしたの? 龍」真雪が床に倒れている龍を見下ろして言った。「何かあったの?」そして彼女はベッドに脱ぎ捨てられていた龍の制服の上着を、手慣れた様子でハンガーに掛け、軽く埃を払って壁に吊した。
「…………」たけしもひろしもその真雪の行動をじっと目で追った。「極めて自然に……」「まるで世話女房……」
真雪はガラスのテーブルに向かって腰を下ろし、両手でほおづえをついた。「何の話、してたの? 三人で」
くんくん……。たけしは鼻を鳴らした。「これか、この匂い……」
「どうした、たけし」ひろしが訊いた。
「この部屋の匂いの元は真雪さんだ。チョコの匂いがする」
「……ということは……」
「もうだめだ……」龍はうつ伏せに伸びたまま、聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で呟いた。
「何? どうかしたの? ひろし君」真雪が言った。
ひろしは真雪に向き直った。「真雪さん、質問してもいいっすか?」
むくっ! 龍が起きあがった。「お、おまえ、何言い出すんだ?」
「はいどうぞ」真雪がにこにこして言った。
「パイナップルジュースは好きっすか?」
「あたしが一番好きなジュースだよ、パイナップルジュース。なんで知ってるの?」
「やっぱり、」たけしはひろしに囁いた。「やっぱりな」ひろしも返した。
「もう一つ質問してもいいっすか?」
「はいどうぞ」
「ほしのあみと真雪さん、どっちが胸、大きいんすか?」
「なにそれ」真雪は笑った。そして床に置いてあった雑誌を手に取った。「ほしのあみ、これだね」
「真雪さんの胸も大きいっすよね」
たけしが言った。「触った感じ、どうなんですか?」
「ほしのあみのバストがどうかは知らないけどね。そんなことは触ってみなきゃわかんないでしょ? 触ってみる? ひろし君」
「え? い、いいんすか?」
「だめだっ!」龍がいきなり大声を出して真雪の肩を抱き寄せた。
「はい、終了!」たけしが満面の笑みで言った。「もう隠し通せませんぜ、龍のだんな」
「やっと白状しやがった」ひろしも腕組みをして言った。「あーすっきりした」
ひろしとたけしは向かい合って派手にハイタッチし合った。「お疲れっしたーっ!」
「まさか、いとこのねえちゃんが彼女だったとは」
「盲点だったな」
◆
三つのコップにパイナップルジュースが真雪の手によって注がれた。「なんだ、まだ龍は話してなかったんだ、この親友の二人に」
「まったく、水くさいったらありゃしねえ」ひろしが言った。
「見損なったぞ。いや、逆か。見直したぞ、龍」
「何だよ、それ」
「おまえが普通のスケベな男子中学生だったってことだよ」
「スケベ度、想像以上だったけどな」
「ほっとけ!」
「おかしいと思ってたんだ」
「何がだよ」
「いや、俺たちの水泳部、けっこう可愛いやつも多いし、ナイスバディだし、水着だし。俺たちがあれこれ品定めしてても龍、あんまり絡んでこなかったからな」
「こんな彼女がいたんじゃなー」
「絶対勝てねえよなー、女子中学生じゃ。相手にならねえ」
「なんで黙ってたんだよ、龍」
「だ、だって、恥ずかしいじゃないか」龍は真雪の横に縮こまっている。
「そうやって真雪さんと並んでっと、彼氏っつーより、まるで弟みてえだな。かっかっか!」ひろしが笑った。
「俺たちがおまえをからかうとでも思ってたのか?」
「思いっきり思ってた。ってか、今も思ってる」龍は赤い顔を上げて反抗的に言った。「言いふらしたらただじゃおかないからな」
「そんなことしねえよ」
「俺たちを信じろ」
「大丈夫だよ」真雪が言った。「二人ならちゃんと大事なことは秘密にしてくれるよ。龍の親友でしょ?」
「どこまでなら許せる?」たけしが龍に訊いた。
「ど、どこまでって?」
「いや、公表していいのは、どの程度か、って訊いてるんだよ」
「やみくもに公表するな」
「わかってるって」たけしがグラスを持ち上げた。「龍の彼女はいとこの真雪さんだ、っていうことだけだな、口走るとしても」
「そうだな」ひろしもグラスに口をつけた。
「そ、それ以上は絶対に言うなよ!」
「言わねえよ。訊かれても『本人に訊け』って言うから心配すんな」
「絶対だぞ! 誓えよ!」
「だけど、俺たちも卒業するわけだし、近いうちに公表してもいいんじゃね? おまえの口から」
「なんて?」
「いとこの真雪さんと、すでに中二の頃からカラダを求め合った深い仲だって」
真雪はそんな三人のやりとりをにこにこしながら聞いていた。
龍は一つため息をついて言った。「自分からそんなことまで公表しないよ。面白半分に話題にされるのはごめんだ」
「ま、そうだろうな。でも、いいなー、龍」
「だよな。いつでも好きな時にエッチできるんだからな。しかもこんな巨乳の彼女と……」
「いやらしい言い方するなっ!」龍が言った。
「わりいわりい」
「俺たちが、このことを秘密にする代わりに、」たけしが龍に顔を近づけて言った。
「な、何だよ」
「おまえと真雪さんが今夜何をしたか、来週詳しく聞かせろ」
「なっ!」
「さもないと、」ひろしも言った。「俺たち、クラスで言いふらしちまうぞ。何もかも。卒業記念に」
「お、おまえらっ!」龍はまた焦りながら真っ赤になっていた。
「俺たち三人の秘密。そうだろ? 龍」たけしが龍の肩を笑いながら軽く叩いて立ち上がった。「よし、ひろし、帰るぞ。これ、いただき」そしてスルメを口にくわえた。
「そうだな」ひろしも雑誌を手に立ち上がった。「むなしいなー、俺たち、まだこんなんでヌくしかねーんだからな」そしてじっとその表紙を見つめた。
ふっとため息をついてたけしが言った。「だよな」そしてにこにこしながら真雪を見た。「お邪魔しました、真雪さん」
ひろしも笑顔で言った。「龍とごゆっくり」
「また来てね、二人とも」
真雪と龍は玄関先で二人を見送った。
「ごめんね、二人とも、気を遣わせちゃって」真雪が言った。
「なかなか有意義で、刺激的で、楽しくて爽やかなひとときだったな、ひろし」
「だな」ひろしは龍に顔を向けた。「じゃあな、龍、楽しみにしてっから」
「今夜は特に濃厚にな」
「とっとと帰れっ!」龍は叫んだ。
たけしとひろしは笑いながら自転車にまたがって颯爽と走り去っていった。
2013,7,28 最終改訂脱稿
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《あとがき》
まずはネタ元のご紹介。
龍(得意種目はバタフライ)は中学校の水泳部の主力メンバーでした。彼と山本たけし(クロール)、川本ひろし(平泳ぎ)、森本あつし(背泳ぎ)の三人は、大会の度にメドレーリレーで表彰台に上った伝説の四人。龍とこの三人とはよく一緒に行動していた親しい友人でしたが、自分が中二の夏からいとこの真雪と深い交際をしていることは秘密にしていました。学校では、龍はそこそこ女子に人気があり、何度も交際の申し込みを受けていたにも関わらず、彼はことごとくそれを柔らかく断っていました。友人たちは、龍のその様子を見て、かねがね不思議に思っていたのです。学校の同級生の間では、龍は奥手でシャイですれてなくて純情で、女子とつき合うことがニガテな男子だと思われていたのです。
牛乳は海棠家にはいつもストックされていました。龍の大好物だからです。彼が中学に入って急に背が伸びたのはこの飲み物のお陰だ、と家族も本人も思っていました。友人のひろしは中三時点で身長が160㌢で止まってしまったので、龍を始め友人たちはからかい半分で彼によく牛乳を勧めていました。
さて、ほしのあみというグラビアアイドルはもちろん架空の人物ですが、そのバストの大きさがチャームポイントの一つ。実はこのほしのあみの写真集を龍はこっそり隠し持っていて、真雪とつき合い始めるまで、夜な夜なそれを使って自分の身体の火照りを鎮めていました。恋人の真雪もそれに負けないぐらいのバストの持ち主。龍は紛れもなく巨乳フェチです。
今回龍の家に遊びに来たたけしとひろし、それにもう一人のあつしは、大学を出ると揃って地元に帰り、龍の両親が経営する『海棠スイミングスクール』にインストラクターとして就職します。
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