Twin's Story 5 "Liquor Chocolate Time"~Epilogue
《6 赦し》
こうして私マユミと双子の兄ケンジとの約二年半に及ぶ蜜月には終止符が打たれました。
後で兄に聞いた話によると、私たちが最後の夜を迎えた時点では、兄にはまだ交際中の女性はいませんでした。私との区切りをつけたかった兄は、嘘を言って私をある意味突き放したのです。最後まで私のことを想い、本当の幸せを願い、大切にしてくれた優しい兄ケンジでした。
その後私はケネスと結婚しました。予定よりも早く、私が短大を卒業する前に籍を入れました。妊娠していたからです。12月に私は子供を産みました。偶然ですが、男女の双子です。そう、私と兄のように。
短大はがんばって卒業しました。出産で単位が危なかったのですが、なんとかぎりぎりで卒業できました。お腹の大きくなった私を友だちはみんないたわってくれました。ケネスと結婚することを割と早くから公言していたからです。
息子の名前は健太郎、娘は真雪(まゆき)です。彼らは来年、私と兄が初めて結ばれた年齢になります。健太郎はあの頃の兄ケンジに驚くほどそっくりで、小さい頃から兄に水泳を習っていることもあり、当時の兄のような体格、兄のように優しい男の子に育ってくれました。兄ケンジを心から慕っていて、兄はまるで二人目の父親のようだ、とみんなから言われています。真雪は私に似て小柄で、歳の割には幼く見られているようです。これもあの時の私によく似ています。この子たちを見ていると、おのずと私と兄ケンジとのあの甘い日々が思い起こされ、身体が熱くなることもあります。
健太郎と真雪は双子なのに血液型が違います。それには訳があります。実を言うとそれは私の密かな企てでした。私の血液型はO型、夫のケネスはAB型です。生まれた娘、真雪はA型ですが、健太郎はO型です。つまり、健太郎は私とケネスとの子供ではないのです。
私は、あの最後の夜、兄ケンジとのセックスで妊娠する可能性が高いことを知っていました。その前日のケネスとのセックスでも。私はどちらかの子供をその時に授かりたかった。自分では決められず、ある意味天に任せたのです。思えば兄ケンジへの未練が相当強く残っていたのでしょう。兄ケンジとの日々の証が何らかのカタチとして欲しかったのかも知れません。
もちろんケネスには思い切って正直にそのことを話しました。すると彼は笑って赦してくれました。ケンジの子供だとしても、自分の子として変わりなく育てる、と言ってくれました。もしかすると、それはある程度ケネスも覚悟していたことだったのでしょう。ケネスも私の気持ちを本当に大切にしてくれる、優しい夫です。そしてもう一人、それを理解し、赦してくれた人がいます。ミカさんです。
兄は大学を卒業してすぐ、兵藤ミカさんと結婚しました。彼女は兄より二年早く卒業し、大学のある町の企業に就職していましたが、兄との結婚を機に、私たちの住むこの町にやってきて、今は兄と二人でスイミングスクールを経営しています。結婚してすぐから二人が勤めていたこの町唯一のスイミングスクールの経営を前の経営者から受け継いだのです。健太郎も真雪もそこに通って、二人から指導を受けています。
ミカさんも、私と兄の関係についてはすべて知っています。健太郎が私と兄の子であることも。彼女は兄との交際中からそのことを理解していて、それを知った上で結婚したのだから、自分が二人を責めることはできない、また責める気持ちもない、と兄に言ってくれたそうです。考えてみれば私たち兄妹は、本当にいい人たちに囲まれて誰よりも幸せに暮らしていけているんだなあ、と思います。感謝の毎日です。
「いつかはマユミさんがあなたの子を宿すと思ってた」
「ミカ……、俺、君に何て言ったらいいのか・・・」
「話を聞けば、あれだけしょっちゅう抱き合ってたんでしょ? あなたたち。しかも避妊なしで」
「一応計算はしてた。マユの身体は比較的規則的だったから」
「マユミさんの最後の計算、見事に当たったってわけだ」
「そ、そういうことだな」
「でもさ、あたし、赦せる」
「え?」
「あなたたちの間には、もはや誰にも入り込めないつながりがある。それはたとえあなたがあたしと結婚したところで揺るがないだろう。そしてそれはきっとマユミさんの夫ケネスも同じように感じているはず」
「…………」
「だけど、それを知っててあたしはあなたと結婚するわけだし、ケネスもマユミさんを選んだわけでしょ? だったら赦すしかないじゃない。赦せなかったら結婚なんてしないよ。というか……」
「え?」
「あなたたちの関係ってさ、第三者が赦すとか赦さないとかの関係を超越してるよね、実際。兄妹と恋人が別の次元で強烈に融合した、って言うか……」
「た、確かに……」
「兄妹の絆を誰にも壊せないのと同じ、ってとこかな」ミカは続けた。「あたしさ、自分がマユミさんに似てることだけでケンジがあたしを選んでくれたんじゃない、って思ってる」
「それはそうさ。マユへの想いとミカへの想いは、何て言うか、質が違う」
「だよね。わかる」
「俺、思うんだ」
「ん?」
「マユとの日々の中で、俺たちがお互いに感じていたのは『恋』だったんだ、って」
「恋、か……」
「そう。お互いが相手を欲しくてたまらない、っていう感情、みたいな」
「わかる。特に若い時はそういう傾向が強いよね」
「ミカへの感情は、ちょ、ちょっと照れくさいけど、あ、『愛』だと思う」
「ふふ、確かに聞いてて照れる。でもわかる。それはケンジから感じる。あたしあなたに守られる、優しくされるだけじゃ、きっと付き合ったりしなかった」
「え?」
「あなたは気づいていないかもしれないけど、なんか、お前と一緒に暮らしていこう、っていう強さを、ケンジからは感じるんだ」
「そうなのかな……」
「つき合った年齢にも依るのかも知れないけどさ、それまであたしがつき合った男は、あたしを大切にするとか、優しくする、ってことには熱心だったけど、お互いに支え合おう、みたいな同等の主張っていうか、要求ってものが感じられなかった。今思えばね」
「んー、俺、別にそんなこと意識してなかったけど・・・」
「いやなこともあるかもしれないけど、それでもいいから一緒にっていう、きれい事だけでないものも全部含めて一緒にっていう、そういう心の広さや決意みたいなものをケンジからは感じる」
「そうなんだな……」
「でなければあなたと結ばれようとは思わなかった」
兄の言うとおり、私と兄を結びつけていたのは『恋』という感情だったと思います。お互い相手が欲しくてたまらない、だからその欲求のままに行動した。それがたまたま二人とも同じ量、同じ向きでぶつかり合っていたから、あるときは燃え上がり、あるときはひどく傷ついたりしたのだと思うのです。私たちはお互いに対して「好き」という言葉は数え切れないぐらい発していましたが、「愛してる」という言葉は、あの最後の夜に面と向かって初めて私たちの口から自然に出てきたのです。思えばあの時に初めて、私たちはお互いを愛するという感情を持てたのだと思います。でもそれは当然許されないことでした。
あの頃の二人は、セックスの時ほとんど避妊をしていませんでした。最初に私と兄が一つになった時は、お互い夢中だったので避妊のことまで考えが及びませんでしたが、幸い排卵後の安全期だったので、それから数日間、毎日セックスしても妊娠する心配はありませんでした。
実際ほとんど毎日私たちは求め合いました。でも、さすがにいつでも彼の精子を受け入れるわけにはいきません。私は毎日基礎体温を計り、兄に排卵の時期についてはこと細かく知らせていました。彼も慎重にそれを守ってくれていました。一度だけコンドームを使ってセックスしたことがありましたが、何しろ最初に経験したのがありのままでのセックスでしたから、私自身に違和感や嫌悪感があって、それ以降、私は兄にはゴムを使わせませんでした。
兄は時々申し訳なさそうに言っていました。俺はお前の中にいつも出しているけど、本当にお前はそれでいいのか? と訊いてくるのです。私は彼の身体の中で作られた精液を自分の身体の中に受け入れる、ということが性感を増す要因にもなっていましたし、何より兄との絆がそれでより深まる感じが強くしていたので、かえってゴムなんか使ってセックスされると、なんだか自分が一人エッチの道具にされているようで、相手の愛情を感じることができなかったのです。
でも、それは本当に危険を孕んでいました。
高校二年生の冬でした。私の月経が少し遅れてしまったことがあります。その時の兄の落ち込みようは、それは目を覆いたくなる程のものでした。毎晩毎晩ひたすら私に謝り続けるのです。そして月経が始まるまで、彼は私を抱こうとしなかったばかりか、手を触れようともしませんでした。もうセックスはしない、とまで宣言したぐらいです。
それだけに、ようやく月経が始まった夜は、兄は狂ったように、自分の口のまわりやペニスを血まみれにしながらも私を愛してくれたことを思い出します。
優しく、思いやりのある兄、でも子供のように些細なことにおろおろしたりひどくはしゃいだりと、一喜一憂する兄を、私は本当に愛しく思っていました。
私の兄ケンジに対する気持ちは今でもあの頃とほとんど変わらない、と言ってもいいかもしれません。彼に抱かれれば心から癒され、満ち足りた気持ちになる。
実は、今も私と兄は一年に一度、会って身体を求め合います。それは兄弟や友達が時々会って食事をしたりお茶を飲んだりするのと同じ感覚です。そしてそれはケネスやミカさんが勧めてくれたことでもあるのです。彼らは私と兄の関係が安定したものであるように気を遣ってくれているのです。私たちにとって夫、妻同様なくてはならない相手だとわかっているのです。
「え? 今何て言った? ミカ」
「だから、マユミさんを抱きたい時には抱いてもいいんじゃない? って言ったんだよ」
「お、お前平気なのかよ、それって立派な不倫じゃないか」
「不倫じゃないね。だって、ケンジがこの後マユミさんを抱くことになっても、そのまま突っ走ることはないってことがわかってるもの」
「ううむ……」
実際そうなのです。あの頃の私たちの関係は、先々結婚に結びつくような感情で成り立っているわけではなかった。お互いのカラダで癒し、癒され、今になって私が兄ケンジに抱かれたとしても、それは郷愁や懐かしさに近い感情に変容しているだろうからです。
「ケ、ケニーは平気?」
「わいは全然かめへんで。むしろマーユがケンジと愛し合えば、マーユの精神安定につながるやんか。今更マーユがケンジと駆け落ちしたり、脇目もふらず燃え上がったりすることはない、とわいには解ってるよってにな」
「で、でも、それって不倫じゃ……」
「不倫、とは違うわな。ケンジとマーユの間にある不動のモノは、わいらには突き崩すことはできへん。いや、突き崩すことを考えること自体、無意味やと思とる」
「ケニー……」
「マーユのわいへの想いはケンジへの想いとはタイプが違うやろ?」
「うん……」
結局私と兄は、その後も愛し合うことを許されました。ミカさんもケネスも、いつでも好きなときに会ってセックスしたら、と言いますが、私たちはルールを決めています。毎年8月3日にだけは昔のように会ってお互いを求め合える。そう、一年に一度。こと座のミラとわし座のアルタイルのように。
8月3日……。その日は高二の時、私たちが初めて結ばれた記念日なのです。