外伝集 Hot Chocolate Time 第3集 第8話「初体験をなめるなよ」

《アクシデント》

 

 『KAIドーム』を出たジャージ姿の真唯は、持っていた荷物を担ぎ直した。その時、すぐそばで野太い声がした。「よお、真唯」

 真唯は振り向いた。

「あ、豪ちゃん。何してんの? ジョギング?」

 豪毅もジャージ姿でその場足踏みをしながら言った。「ああ。運動不足解消ってとこだな」

「豪ちゃんも水泳やれば?」

「俺、泳げねえし」

「アタシが教えてやるよ」

 豪毅は足を止めた。彼は頭の中で水着姿の真唯から手取り足取り泳ぎ方を習っている自分を想像して赤くなった。

「それに、アタシ豪ちゃんの水着姿、見てみたい」

「えっ? お、俺の?」

「うん。だって豪ちゃんいいガタイしてんじゃん」

「そ、それってどういう……」

「きっとかっこいいよ」

「そ、そうかな……」

 その時、とっさに真唯が豪毅の腕をつかみ、叫んだ。「危ないっ!」

 その小柄な身体のどこからそんな力が出たのか、と信じられないぐらい強い勢いで、豪毅は真唯に腕を引っ張られ、ドームの建物の前にあるパティオに続く階段の手前に尻餅をついた。

 ごっ! 鈍い音がして、豪毅が目を開けた時、真唯が道路に倒れていた。耳障りなエンジン音がして目を上げた豪毅は、ナンバープレートを跳ね上げたミニバイクがそこを離れるのを見た。ヘルメットを首に引っかけた小柄な男が一瞬振り向いたが、アクセルグリップを焦ったように回してエンジンをふかし、そのまま走り去っていった。豪毅はとっさに叫んだ。「ひき逃げだっ! あのバイク! ひき逃げですっ!」

 近くを散歩していた老夫婦が一様に眉をひそめてそのバイクに目をやった。ドームのはす向かいある洋服店の前に停車していた宅配便のトラックの運転手は、慌てて運転席に乗り込むと、バイクの走り去った方に車を発進させた。

 豪毅は立ち上がり、急いで真唯に駆け寄った。

「いたたたた……」真唯は頭を上げて太股をさすった。

「だっ! 大丈夫か、真唯っ!」

「大丈夫、命はある」

「って、おまえ、脂汗かいてっぞ、どこが痛む?」豪毅は真唯の身体を抱き起こした。

「ごめん、豪ちゃん。あ、脚が……」

「立てるか?」

「ちょ、ちょっと無理かな……」

 そこへドームの建物から一人の初老の男性が飛び出してきた。「どうした? 真唯!」それはこの施設のオーナーで真唯の祖父でもあるケンジだった。「豪毅くん」

「あ、ケンジさん。真唯、バイクにはねられて、立てないんです。きゅ、救急車を!」

「よし、わかった」

 ケンジは急いで『KAIドーム』の中に消えた。そしてすぐにスクールの若いインストラクター数人が担架を持ってやってきて、真唯を取り囲んだ。

「大丈夫? 真唯ちゃん」

「す、すみません、皆さん。いてててて……」真唯は苦しそうな顔でまた太股に手をやった。

 

 

 病室には真唯の両親龍と真雪、兄の健吾がいた。ドアが開き、豪毅と菫が息を切らして入ってきた。

「真唯!」菫が叫んだ。「大丈夫?」

「病院は大丈夫な人がいるところじゃないよ」真唯は笑った。

「大腿骨にひびが入ってる。全治一ヶ月なんだって」健吾が言った。

「な、なんだって?」豪毅が驚いて言った。「ってこた、真唯、泳げなくなったってことかよ」

「大げさだよ、豪ちゃん」

「だ、だって、骨がつながっても、元通り泳げるようになるとは限らねえんだろ?」

「リハビリの方が時間かかるかもしれないね」母親の真雪がつぶやいた。

「お、俺のせいで……」豪毅はうなだれた。

「おまえのせいじゃないよ」健吾が言った。「豪には何の責任もないって」

「そうそう、そうだよ」真唯が言った。

「で、でも、真唯、俺をかばってバイクにはねられたんだ」

「気にするな、豪毅くん」龍が優しく言った。「それは真唯自身が自発的にとった行動であって、君が予測できたことじゃない」

「もし、気になるんだったらさ、」真唯が言った。「アタシにお弁当作ってきてくれない? 毎日」

「おまえ、厚かましすぎだぞ」龍がたしなめた。

「任せとけ!」豪毅が元気に言った。「最初からそのつもりだった。真唯、おまえが入院してる間、ずっと俺が弁当作って届けてやる。届けてやっから、いつもみてえに批評しろ」

「いいよ。豪ちゃん。楽しみにしてる」真唯は目をくりくりさせて笑った。

 その時、病室のドアが開けられ、濃紺の制服姿の女性が入ってきた。制服と同じ濃い紺色のネクタイを締め、左胸には両端に二本ずつ金のラインの入った階級章が光っている。

「あ、夏輝さん!」真唯が叫んだ。

「よお、真唯、どうだ、怪我の具合は」入ってきた女性は見舞客に一礼するとベッドに近づき、横になっている真唯の頭を撫でた。

「大腿骨にひびがはいっちゃって、全治一ヶ月」

「そうか。災難だったな。でも、思ったより元気そうで安心したよ」その女性警察官は微笑んだ。

 

 その警察官天道夏輝(42)は真雪の中学時代からの親友で、二人は同じ高校に通った。真雪の兄健太郎もその高校に通い、その親友で現在公立中学校教師の天道修平と夏輝は高校時代から交際を続け、結婚した。

「わざわざ来てくれてありがとう、夏輝」真雪が言った。

「真唯をひき逃げしたやつをとっ捕まえてやったよ」

「ホントに?」健吾が驚いて言った。

「早っ!」龍も言った。

 夏輝は病室のドアに歩み寄り、静かに開けて外に向かって言った。「連れてきて」

 若い男性警察官に連れられて、一人の少年がうなだれて病室に入ってきた。すぐ後から彼の母親らしい女性も背中を丸めてついてきた。真唯のベッドを取り囲んでいた者たちは、思わず窓際に整列をして身体を固くした。

「ほら。被害者の女の子だ」夏輝が促した。

「本当に申し訳ないことをしてしまいました。うちの息子が、こんな、」

「お母さんは黙ってて下さい」夏輝が言った。「この罪を償うのは彼自身」

 少年は顔も上げずにぼそぼそと呟いた。「すみませんでした」

「君は、無免許でバイクを運転し、彼女に怪我をさせた上に、その場から逃げた」

「……」

「君がやったことは、犯罪だ。人としてやってはならないことをやってしまったんだ。わかってるのか?」

「はい……」

「心から、罪を償う気持ちはあるのか?」

「はい……」

「いいかげんな返事をするんじゃない!」夏輝は大声を出した。そこにいた一同は、さらに身体をこわばらせた。

「返事なんか、だれでもできる。口先だけで、誠意を込めずに出てくる言葉なら、言わない方がましだ!」

「…………」少年は黙っていた。

「君がやった軽はずみな行為が、ここにいる人たちの心に心配や悲しみ、怒り、焦り、そんなマイナスの気持ちを抱かせたんだぞ! 自分のやったコトの重大さがわかってるのか!」

「ご、ごめんなさい……」

「特に、」夏輝は少年を諭すように言った。「今、君の後ろに立っている人が、一番辛い思いをしているんだ。君がこの世に生まれ、今生きていられるのはこの人のお陰だろう?」

 少年はかすかにうなずいた。

「そんな大切な親に辛い思いをさせていいわけがあるかっ!」夏輝はまた大声で叫んだ。「顔を上げろ! そしてここにいる人たちに宣言しろ。自分は生まれ変わるって」

 うなだれたままの少年の目から涙がぱたぱたとベージュ色のリノリウムの床に落ちるのを真唯は見た。

 夏輝は優しい口調で言った。「それができないのなら、君はここにいる資格はない。今すぐ、もう一度警察に連れて行って、本当のことがわかるまで君を諭す。何日かかろうと、あたしが諭してやる。そしてまたここに連れてくる。何度でも」

 少年は涙でぼろぼろになった顔を上げた。「ごめんなさい、お、俺を許して下さい。ごめんなさい……」

 彼の後ろに立った母親も目から涙を溢れさせていた。そんな母親の小さく丸まった背中を優しくさすりながら、夏輝は言った。「大丈夫ですよ、お母さん。彼は引き返せる。貴女の元にちゃんと帰ってくる」

「警部さん……」

「あたしが保証します。これからのことも、あたしが全部相談に乗りますから、安心して」

「ありがとう、ありがとう……」

 夏輝は連れの警官に目配せをした。「行こうか」

 その若い警官は少年の手を引いて病室を出た。母親も後に続き、最後に夏輝がドアに向かった。「じゃあね、みんな。真唯をよろしく」そして片手を上げて病室を出て行った。

「夏輝、」病室を出たところで、真雪が声を掛けた。

 夏輝は振り返った。

「わざわざごめんね、真唯のために」

「大変だったね、真雪。くれぐれも、かわいい娘を大事にしてやって」

「うん、ありがとう」

 龍も病室から廊下に出てきた。「夏輝さん、お世話になりました」

「龍くんも、びっくりしただろ?」

「ちょっとね」

「大丈夫だよ。真唯の若さなら、恢復も早いと思うよ。ちゃんと元通り泳げるようになるって」

「でもさ、ずいぶん早かったね。あの子捕まえたの」

「町の人たちの協力のお陰」

「そうなの」

「通報したのは宅配便の運転手。でも、一番の手柄は豪毅の一声」

「え? 豪毅くんの?」

「そう。彼、とっさに『ひき逃げだ』って叫んだらしいじゃん。運転手が言ってたよ」

「そうだったの」真雪が感心したように言った。

「現場に駆けつけたパトカーの警察官にも、詳しくその時の状況を話してくれたらしいよ。それに、」夏輝は悪戯っぽく笑いながら続けた。「救急車が到着するまで、担架の上の真唯を大事そうに抱きかかえてたそうだよ。優しいね、豪毅」

「ほんとに? なんていい友だち……」

「友だちから一歩前進、かな」夏輝がウィンクをして言った。

「時々来てやってよ。真唯、夏輝さんのファンだからさ」龍が言った。

「そうだね。何持って来たら真唯喜ぶかな?」

「手ぶらでいいよ。気を遣わないで」

「わかった。そうする」夏輝は笑った。

 夏輝の肩越しに廊下の先に目をやって、真雪が言った。「あの子、まだ中学生ぐらいなんでしょ?」

 夏輝も一度振り向いて、すぐに真雪に目を向けた。「ま、興味半分で乗ってたバイクだろう。学校の成績が良くなくて自棄になったって言ってたけどね。あまり根深いとは思えない。親もしっかりしてそうだし」

「そう……」

「ま、そっちの方はあたしに全部任せておいてよ。あんたたちは早く真唯が元通りになることだけ考えてやって」

「うん。わかった。本当にありがとう」

「じゃあね。近いうちにまた来るよ」

 天道夏輝警部はポニーテールを揺らして二人に背中を向け、片手を振りながら病院の廊下を歩き去って行った。

 

 その日から毎日、バイクで真唯に怪我をさせた少年は、学校が終わるとまっすぐ病院にやって来て彼女を見舞った。

「幹太くん、毎日わざわざ来なくたっていいのに」ベッドから身を起こして真唯が言った。

「い、いえ。俺のせいで真唯さんがこうなったんだから……」少年は持って来たクッキーの箱を真唯のベッドに置いて、真唯が勧める椅子にかしこまって座った。

「あなた、学校で何かやってるの? 部活」

「今はやってません。一年の時バスケ部に入ってたけど、やめちゃった」

「どうして?」

「仲間と上手くやっていけなくて」

「ふうん……」

 真唯は幹太の頭に手を伸ばして髪をそっと撫でながら言った。「髪、切ったんだね、幹太君」

 幹太は顔を上げた。頬が少し赤くなっている。「は、はい」

「その方が少年らしくて、爽やかでかわいいよ」

「そ、そうですか?」

「あ、かわいいなんて言われたくなかった?」

「そ、そんなことないです」幹太は照れたようにうつむいた。

 その時、病室のドアが開いて、豪毅が中に入ってきた。

「あ、豪ちゃん」真唯が言った。幹太少年は慌てたように椅子から立ち上がると、真唯のベッドから一歩下がって、窓際に気をつけの姿勢で立った。

「よお、おまえ、また来てたのか」豪毅が言った。

「毎日来てくれるんだよ。幹太くん」

「へえ、おまえ、幹太ってーのか。しかしなかなか殊勝な態度じぇねえか。髪も短く切ってやがるし」豪毅は幹太の頭を乱暴に撫で回した。幹太は思いっきり迷惑そうな顔をした。

「豪ちゃん、今日もお弁当、ありがとうね」

「ど、どうだった?」豪毅は固唾を呑んで返事を待った。

「んー。きんぴらゴボウがちょっと柔らかすぎたかも。でも味は良かったよ」

「ううむ……やっぱり火の通しすぎだったか」

「それからそぼろとか焼き魚とか、取り合わせがねー」

「え? 取り合わせ?」

「お弁当の蓋をとった瞬間、地味っ、って思ったもん。色合いっていうかさ」

「な、なるほどな」

「お弁当でも見た目は大切なんじゃないの? せっかく美味しいのに、見た目で魅力半減って、もったいないよ」

「わ、わかった。いつもありがとうな、真唯」

「ううん。こっちこそ、わざわざ作ってもらっておきながら、ごめんねー」

 幹太はその二人のやりとりを口をぽかんと開けたまま見聞きしていた。

「あ、あの、」

「なに? 幹太くん」

「ま、真唯さんが食べる弁当を、こ、この人が作ってるの?」

「そうだよ」

「って、この人、何者?」幹太は遠慮なく豪毅を指さした。

「てめえ、失礼じゃねえか。人をあからさまに指さすんじゃねえよ」豪毅は幹太の人差し指を握ってぶんぶん振り回した。

「この人はね、アタシの大切な友だち。幼なじみの高円寺 豪毅くんだよ」

「高円寺? どっかで聞いたことがあるような……」

「おめえ、この町に住んでて『料亭 高円寺』を知らねえって言うのか? そういうのをモグリっつーんだよ」

「ああ、あの、すずかけ大通りの角の、何だかじじ臭い食べもん屋」

「なんだと?! じじ臭いだ?! てめえ、言うに事欠きやがって!」豪毅は幹太の背後から首に腕を回して締め上げた。

 幹太は負けずに言い返した。「だってそうだろ! 俺たちが行くような店じゃないじゃん。年寄りが集まって飲み食いする所なんだろ?」

「こっ、こっ、こいつはー……」

 真唯は笑って言った。「幹太くんはまだ料亭なんか行ったことないんだよね。しかたないよ。でもね、『料亭 高円寺』で出されるお料理は、文句なしの絶品なんだよ。大人だけじゃなくて、幹太くんみたいな中学生でもきっと感動するよ」

「ふうん」幹太はさして興味なさそうに言った。「で、おまえはそこの店員なんだな」

「店員じゃねえ! 跡取り息子だっ!」

「でも、まだ半人前なんだろ?」

「な、なんでだ?!」

「だって、さっきから真唯さんに文句ばっか言われてるじゃん」

「そ、それはだな、真唯が、お、俺のことを思って、」

「何言ってるかわかんね」

「かーっ!」豪毅はついに頭に血が上って幹太の襟首を掴み、叫んだ。「てめえ! そこまで言うんなら、今度の土曜日、昼の時間にここに来やがれ! てめえにも俺の弁当食わしてやるっ!」

「どうせまずいんだろ」

 

 

「おい、豪毅、てめえ目え血走ってっぞ」

 『高円寺』の親父豪哉が朝、起きてきて厨房に入ってくるなり、そう言って大きなあくびをした。

「また遅くまで起きてたんだろ。とっとと寝ちまえ。夜更かしして何やってやがるんだ」

「親父には関係ねえよっ!」

「おおかたマユお嬢を抱くこと想像して、一人エッチやってたんだろ、がははは!」

「ばっ、ばかやろう! んなことやるかっ!」豪毅は思い切り赤面した。実は図星だった。

「おう、そうそう、豪毅、こないだの『和風餃子』のことなんだがよ、」

「何だよ」豪毅はまだ赤くなったまま反抗的に言った。

「言いてえことが二つある」

「二つ?」

「おうさ。一つ目はネーミングを何とかしろ、ってこと。あれは餃子じゃねえだろ、そもそも。もう一つはな、」親父は豪毅が作ったできたての唐揚げを一切れ指でつまんで言った。「弁当に入れて、6、7時間後に食べることを考えると、あの皮は柔らか過ぎるんだ」

「皮?」

「てめえの考えは間違っちゃいねえ。中身の水分で皮がふやけることまで計算してあるこたあ、俺にもわかってる。だがな、やっぱりそんだけの時間を置くことを考えると、あれじゃあ皮が弛んじまって、へたすりゃ食う時に破れちまう。中身のジューシーさをそのままにしたけりゃ、皮の生地を練る時、もっと硬めにするべきだ。もしくは、皮の材料そのものを考え直すか……」

「そうか、やっぱりな。ありがとよ、親父」

「簡単にはいかねえぞ、お嬢はそう都合良く『旨い』って言っちゃあくれねえぞ」つまんだから揚げを口に放り込んで親父は厨房を出て行った。

「わかってるよ」豪毅は一人呟いて、ボウルに割り入れた卵をかき回し始めた。

 

 

 土曜日の昼。真唯の病室には豪毅と幹太がいた。

「真唯、食べてみてくれ」豪毅は恐る恐る言った。

「んー」豪毅が二週間かけてレシピを改訂し続けた例の『和風餃子』を箸でつまみ、真唯は小さな声で唸った。そしておもむろに口に入れた。豪毅はどきどきしながらその様子を見つめた。

「うめえ! うめえな、この弁当!」豪毅の背後で声がした。幹太が豪毅が作った同じ弁当をがっついていたのだった。「豪毅、おまえやるじゃん。うめえよ、これ」

「やかましいっ!」豪毅は振り返って叫んだ。「おとなしく食ってろ!」

「中身だけ食べたいおかずだね」真唯がぽつりと言った。

 豪毅は驚愕の表情で絶句した。

 しばらくの沈黙の後、豪毅は絞り出すような声で言った。「な、中身……だけ?」

「これって、皮で包まなきゃなんない理由がわかんない」

「そ、そうなのか?」

「うん。中身には味わいがあるけど、それが妙に皮をふやけさせて、その食感と合ってない気がする」

「……」

「豪ちゃんのことだから、この皮のふやけ具合も計算ずくなんでしょ?」

「ま、まあな」

「でも、ちょっと違う感じがするな」

 弁当をあっという間に食べ終わり、口の周りにごはんつぶを五、六個つけたまま幹太はその二人のやりとりをじっと見ていた。

「…………」豪毅はうつむいたまま黙っていた。膝に置いた両手の拳をぎゅっと握りしめたまま。

「これって、『餃子』なの?」

「俺、何日もかかってそれを研究してきた。親父からもいろいろ言われた。その度にこの頭でさんざん考えて作った。だけど、おまえに『旨い』とだけ言わせることができねえ。どうしたらいいんだ……」

「俺、旨いと思うぞ、豪毅」幹太が豪毅の肩に手を置いて言った。「でもこれ、餃子って感じがしない」

「え?」豪毅は顔を幹太に向けた。

「餃子だって言われれば、この皮がそうなんだろうけどさ、なんか、無理に皮で包んでみたって感じがする」

「無理に……」

「ごめん。俺、料理のこと、何にもわかっちゃいないけど、豪毅、何だかつらそうだから、俺も意見を言ってみた」

「幹ちゃん、いいこというじゃん」真唯が言った。「アタシも同感。いっそ『餃子』からいっぺん離れてみたら?」

「おまえらの意見も、やっぱりそうか……。なるほど」豪毅は顔を上げた。「そうか、そうだよな」

「何かヒントになった?」

「来週、もう一度これに挑戦させてくんねえかな、真唯、幹太」

「え? 俺にも?」

「そうだ。おまえら二人のさっきの意見で、俺、決心した。今度は失敗しねえ。だから挑戦させてくんねえか?」

「いいよ。喜んで」真唯は笑った。

「幹太はどうなんだ?」

「いいよ。俺、今までこんな旨い弁当食ったことなかった。本当さ」そして少し顔を赤らめた。

「よしっ!」豪毅は立ち上がった。

「でもね、豪ちゃん」

「何だ?」

「アタシ来週の木曜日には退院なんだ」

「そうか! 良かったな、真唯」

「どうしようか、お弁当、どこで食べさしてくれる?」

「じゃあその次の土曜日、おまえん家に持ってくる。その時幹太も来い」

「え? 俺も? 真唯さん家に?」

「そうだ」

「行ってもいいの? 俺なんかが」幹太は真唯を見ながら息を弾ませて言った。

「いいよ。全然問題なしだよ」

「やったー」

「なんだよ、幹太、その必要以上の喜び方は」

「え? い、いや、豪毅の弁当がまた食えるって思うと嬉しくてさ」

「へえ」