外伝集 Hot Chocolate Time 第3集 第8話「初体験をなめるなよ」

《本命》

 

 真唯と龍が一緒に部屋を出てリビングに足を踏み入れた時、すでにソファには豪毅と真雪が座って紅茶を飲んでいた。

「あ、真唯、」真雪が気づいて言った。豪毅も振り向いて、自分の恋人とその父親の姿を認めた。

 四人はガラスのテーブルを囲んだ。

「どう? 真唯、うまくいった?」

「パパに教えてもらって正解だった。豪ちゃん、もう大丈夫だよ。アタシ豪ちゃんとしっかり繋がれる自信がある」

「そうか。良かった……」

「豪ちゃんはどうだったの?」

 真雪はにこにこしながら紅茶をすすっていた。

「俺も大丈夫。真雪さんにちゃんと教えてもらったからな、期待してていいぞ、真唯」

「二人とも、今度は大丈夫だな、きっと」龍もカップを手に取った。

 真唯は、飲んでいた紅茶のカップをテーブルに戻すと、横に座った豪毅の手をそっと握った。「豪ちゃん」

「え?」飲みかけていたカップから口を離して、豪毅は真唯に目を向けた。

「アタシ、一刻も早く豪ちゃんに抱かれたい」

「ま、真唯……」

「抱いて、豪ちゃん」潤んだ眼で真唯は豪毅を見つめた。「もう我慢できない……」

「お、俺も、何だか……」

 真雪が龍に耳打ちした。「若いっていいね、すごい回復力」

「本当にな」龍も返した。「俺たちの若い頃を思い出すよ」

「じゃ、じゃあ、アタシたち、部屋に行くね」真唯が言った。

 豪毅は立ち上がり、龍と真雪に向かってぺこりと頭を下げた。「お二人とも、ありがとうございました。心から感謝してます」

 豪毅と真唯は手を取り合って、ソファを離れた。

「あ、」豪毅が何か思いついたように立ち止まり、振り返って龍たちを見た。「お二人は、明日の朝、何時にお仕事に?」

「え? どうして?」真雪が訊いた。

「い、いえ、俺たち何時に起きればいいのかと……」

「あなたたちはゆっくり寝てていいよ。あたしたちは二人でご飯食べて出かけるから」

「早いんすか?」

「俺は七時には出かける」

「あたしは七時半頃かな。あなたたちのご飯は簡単に準備だけしとくから」

「ありがとうございます。おやすみなさい」豪毅はにっこりと笑って真唯の手を取りリビングを後にした。二客の飲みかけの紅茶カップが残された。龍と真雪の夫婦は目を細めてそんな二人を見送った。

 

「娘とのセックスって、どんな感じだったの? 龍」

「最初はさ、俺の方が緊張しまくりだった」

 真雪は笑った。「でしょうね。龍らしい」

「でもな、途中からもう、娘が愛しくて愛しくて……」

「父親として抱いてたんだね」

「というか、気持ちは父親、身体は恋人だった」

「龍の恋人はあたしでしょ?」真雪は龍を睨んだ。

「いや、真唯の身体が高校の時の君の身体に思えてさ。あの頃の君とのセックスを思い出してた」

「そんなに似てる? あたしと真唯の身体」

「反応まで同じなんだ。イきそうになると細かく震え出す。そうなると、俺の身体はもう、君を抱いているように錯覚しちまう」

「真唯は満足してたみたいじゃない。良かったね」

「うん。で、君はどうだったんだ? 息子と同じ歳の男のコに抱かれてさ」

「純粋だよ、豪毅くん。あたしが教えた通りにやってくれた」

「そうか」

「中でもね、彼のキスはすっごく濃厚で素敵なんだよ」

「へえ。そうなんだ」

「今日のために、ユウナに教えてもらった、って言ってた」

「ええっ?!」龍は驚いて大声を出した。「ユウナさんに? 教えてもらった?」

「豪毅くんも豪毅くんだけど、ユウナもユウナだよね。高校生の息子にディープキスを教えたっていうんだから。しかも実践込みで」

「やるねー、ユウナさん」

「でもキス以外は教科書通り」真雪は笑った。「高校生にしては上手だったと思うよ。豪毅くん」

「そうか。じゃあ免許皆伝ってとこだね」

「そうだね。あ、そうそう、ユウナに電話しとかなきゃ」真雪はテーブルのケータイを手に取った。

 電話はすぐに繋がった。『ああ、真雪、ごめんね、うちの豪毅、お邪魔してんだろ?』

「うん。早く知らせなきゃって思ってたんだけど、ごめんね、今になっちゃって」

『何があったんだい? 二人から話聞いた?』

「うん。実はね、豪毅くんと真唯、うちに泣きながら帰ってきてね、」

 その後の経緯を真雪はユウナに話して聞かせた。

『あっはっはっは!』ユウナは大笑いした。『こりゃ傑作だ! マジで? ほんとに豪毅とやっちゃったの? あんた』

「う、うん。ごめんね」

『いや、あたしの方こそあんたに謝るよ。まったく失礼なこと、豪毅があんたに頼んじゃったりしてさ』

「気にしないで」

『それに、龍くんは実の娘と繋がったのかー。やるじゃない。あっはっはっは!』ユウナはまた笑った。その声があまりにも大きくて、真雪の持ったケータイからしっかり漏れ出し、それを聞いた龍は赤くなって紅茶のカップを手にした。

「そんなこと言ってるけど、ユウナだって、豪毅くんにキス教えたそうじゃない。しかもディープな実践込みで」

『そうなんだよ。あいつが座布団相手に練習してんの見てたら、もう不憫で不憫で』

「だからって、直接教える?」

『母親の愛情ってもんだよ。あいつ上手だったろ?』

「もう、すごいよ。プレイボーイ顔負けだよ。あのキスは絶品」

『そうだろ? あたしもしまいにゃあいつのキスでぽーっとなってたもん。もうこいつにこのまま抱かれてもいいかも、って思ったよ』

「じゃあユウナが教えてあげればよかったのに、豪毅くんに」

『そうはいかないよ。そうなったらあたしも豪毅もウチの人に殺されちまうよ』

「そうかも」真雪は笑った。

『で、今やつらは?』

「真唯の部屋で、再度挑戦してる」

『ごめんね、そのまま泊まることになるけど』

「いいよ。気にしないで。あたしも豪毅くんにいろいろ教えてあげた手前、最後まで見届けたいしね」

『じゃ、龍くんにもよろしくね』

「わかった」真唯は通話を切った。

「ユウナ、あなたによろしくって」

「うん。聞こえた。しかしなかなか恥ずかしいね。やっぱり」

「ユウナだって豪毅くんにキスを教えてるんだから、お互い様だよ」真雪は紅茶のカップを手に取った。

 龍はクリスマスツリーに目を向けて、ぽつりと言った。「真唯に話したよ。あのこと」

「そう。ありがとう。真唯、どんな反応だった?」

「びっくりしてた。でも、そのお陰で俺と君との仲が深まった、って言ったら、安心してた」

「素敵な伝え方してくれてありがとうね、龍」真雪は微笑んで龍の手を取った。

「だって、事実だろ」龍は少し赤くなった。

「もし、龍が不倫したら、あたし、どんな気持ちになるのかな」

「不倫なんてしないよ。俺、真雪の手は離さないって言っただろ? あの晩に」

「そうだったね。ごめんね龍。変なこと口にして」

「フーゾクでさえ行ったことないんだからな」

「ホントに?」

「ほんとさ。取材で行きはしたが、お金を払って入ったことはない」

「取材で体験したりしなかったの? その世界をよく知るために、とかなんとか言って」

「そうか。その手があったか。ちっ! やっときゃよかった」

 龍も真雪も笑った。

「で、でも、」龍は真雪の身体から手を離し、恐る恐る言った。「俺、ついさっき、ついに、人生で最初で最後の過ちを犯してしまった」

「あははは」真雪は笑った。「そうだね。あたし、ついに、かわいい女子高校生にあなたを奪われちゃったね」

「土下座して謝ったら、許してくれる?」

「そんなことあなたに要求したら、あたしだって土下座しなきゃいけなくなるじゃない。豪毅くんに抱かれたんだから」

「おあいこってことだね」龍は笑った。「ところで、豪毅は君の中に出したのか?」

「ううん。ちゃんとゴムさせたよ。あたしの中に出せるのは龍だけだからね。あなたは?」

「俺もちゃんと着けてやったさ。娘の中に出せるわけないよ。出せるのは真雪の中にだけ」龍はカップの紅茶を飲み干し、ソーサーに戻した。

「龍がセックスで高まって出してくれるものは、あたしにとっては特別なもの。だから龍以外の人のものをあたしは自分の身体の中には絶対に入れたくない」

「そ、そんなに力んで言わなくても……」

「だって、龍のそれのお陰で、あたしたちの二人の宝物を授かったんだもの。特別じゃない」

「そうだね。確かに」

「龍があたしの中に出してくれるものは、あなたのあたしへの想いのエキス」真雪は少し恥じらったように顔を赤らめた。「そのエキスのおかげで、あたしは龍のことをずっと愛し続けることができてる」

「そんなに言われると、何だか、興奮して発射するこの自分の体液が、えらく大層なものに思えてくるんだけど」

「大層なものだよ。特にあたしにとっては。だから、あたし、龍の液をお腹の中で受け止めるのも、口で受け止めて飲み込むのも、顔や身体にかけられるのも大好きだよ」

「いや、そうなるともうAVの世界だよ」龍は赤面して言った。

「もちろん、龍のもの限定だけどね」

「真雪は相変わらず言うことが大胆だ。真唯の母親だけあって」龍は頭を掻いた。

 真雪は龍の目を見つめて言った。「今、欲しくなっちゃった」

「え?」

「ちょうだい、龍の……」

「いいの? 今は」龍が小さな声で訊いた。真雪はこくんとうなずいた。

 龍は真雪の頬を両手で包みこみ、優しく唇を重ねた。「んっ……」真雪がいつもの小さな呻き声を上げた。それは昔からの龍と真雪のスタートの合図だった。

 

 健吾はベッドの上で身体を起こし、目をごしごしと擦った後、サイドテーブルの眼鏡を手に取った。彼の隣で静かな寝息を立てていた菫もうっすらと目を開いた。

「あ、ごめん、菫、起こしちゃった?」

「どうしたの? 健吾くん」

「俺、何だか喉が渇いちゃって」

 菫も身体を起こした。「そう言えば、私も何だか……」

「紅茶でも飲む?」

「うん。飲む」

 健吾と菫は部屋を出た。

 リビングのドアの前で健吾は立ち止まり、耳を澄ませた。

「どうしたの? 健吾くん」

「しーっ」健吾は口に人差し指を当てた。「誰かがリビングで……」

 健吾はドアをそっと開けた。ピアノの横のクリスマスツリーに巻き付けられた電飾がチカチカと光り、暗いリビングの壁を赤や緑に染めている中、琥珀色のダウンライトだけに照らされているソファの上で、熱い息づかいと共に動くものがあった。

 健吾の後ろに息を潜めて立っている菫に振り向いて、彼は言った。「父さんと母さんだ」

「ホントに?」

 いつしかソファの上で龍と真雪は全裸になって身体を重ね合わせ、激しくお互いを求め合っていた。

「見てご覧よ、菫」健吾は菫の耳に囁いた。

「う、うん」

 健吾に促され、菫も恐る恐るその光景を見た。

「わあ! き、きれい……」菫は思わずうっとりとした声で囁いた。健吾も無言で両親の愛し合う姿を凝視していた。

「あ、ああ、龍、龍、」

「ま、真雪、真雪……」

「あたし、も、もう……」真雪の身体が細かく震え始めた。

「イ、イくよ、真雪、イく……」

 仰向けになった龍は、倒れ込んできて重なった真雪の身体をきつく抱きしめた。「で、出る、出るっ! ぐううっ!」

「龍! 龍龍龍っ!」真雪も龍の身体を、その腕でぎゅっと締め付けた。そして、二人はお互いの口を強く吸った。

 汗だくになった二人の身体が同じように激しく痙攣し、やがてぐったりと動かなくなった。

 

「素敵……」

「絵になるね、あの二人。自分の親ながら……」

「あんなカップルになりたい……」菫は健吾の顔を見た。

「なれるよ、俺たちだって」

「なれるかな……」

 健吾と菫がドアの陰から息を潜めて見ているうちに。龍と真雪はそれぞれ下着を身につけ、ソファに座り直して軽いキスをした。そしておもむろに真雪がドアの方に顔を向けて言った。「健吾、菫ちゃん、入ってもいいよ」

「えっ?!」健吾は叫んだ。

「待たせちゃったな。喉がかわいたってとこなんだろ?」龍も笑いながら言った。

 健吾と菫は恥ずかしそうにリビングに足を踏み入れた。

「ごめんね、こんな格好で」真雪が言った。

「い、いえっ、と、とってもきれいです、お母さん。それにお父さんもとってもかっこいいです」

「いつ気づいたの? 父さん」健吾が言った。

「おまえがドアを開けた時」

「ええっ?!」

「おまえらが見てる、って思ったら、余計に燃えたね」

「そ、そんなもんなの?」

「そんなもんだ」

「ほ、ほんとに健吾くんと同じような下着、穿いてらっしゃるんですね、お父さん」

「あ、これ?」龍は自分が穿いている黒のビキニの下着を見下ろしながら言った。

「海棠家は、代々このタイプ。菫ちゃんは苦手?」

「いえ。好きです。そんなの。なんだかとっても男らしくて素敵だと思います」

「良かったな、健吾」龍は立ち上がってガウンを羽織り、座り直した。

 真雪も立ち上がり、ネグリジェを身につけた。「紅茶でいい? 二人とも」

「いいよ」健吾が言った。

 キッチンに立った真雪が言った。「菫ちゃんって、どんなランジェリー着けてるの?」

「文字通り、すみれ色の下着なんだよ」健吾が言った。

「そうなんだー」

 菫も立ち上がって小走りでキッチンに向かった。「手伝います、お母さん」

「うれしい」真雪は菫の身体を上から下まで見た。「どんなの? ねえ、見せてよ、菫ちゃん」

 菫はパジャマの裾をめくって、少し恥じらったように真雪にブラを見せた。

「わあ、かわいいランジェリーだね。素敵だよ。よく似合ってる」

「ありがとうございます」菫は赤くなって言った。

 菫の穿いているパジャマのズボンのゴムのあたりに、小さな赤いシミを発見した真雪が小さな声で言った。「もしかして、出血、ひどかった?」

「え?」

「ここに赤いシミが……」

「あ、ほんとだ……」菫は言いながらその部分を指で触った。「実は、始まっちゃったんです」

「始まったって……、ほんとに?」

「は、はい。丁度、タイミング良く、っていうか……」

「そう。大丈夫? お腹痛くない?」

「平気です」

 

 真雪と菫によって4客のカップが運ばれてきた。

「ごめんね、菫ちゃん。手伝わせちゃって」龍が言った。

「とんでもない。私の方こそ、こそこそお二人の、その、様子をのぞき見しちゃって、ごめんなさい」

「平気だよ。さっきも龍が言ったけど、あなたたちに見られて、あたしも余計に燃えちゃった」

「もう、すっごくきれいで素敵でした。まるで映画の一シーンみたいでした」

「大げさだよ、菫ちゃん」龍が少し照れてカップを持ち上げた。「で、どうだった? 君たちの初めての体験」

「私、丁度その時、生理が始まっちゃったんです」菫が小さく言った。そして脚をぎゅっと閉じた。

「え? そうなの?」龍が言った。「大丈夫?」

「ご心配なく」

「菫ちゃんのランジェリーってね、名前通りすみれ色でとっても可愛いんだよ」真雪が言った。

「へえ」

「お見せしましょうか?」菫が言った。

「え? い、いいよ。遠慮しとく」龍は赤くなった。

「そのランジェリー、よく似合ってるし、なかなかセクシーなんだよ」真雪が言った。

「ホントにきれいになったよね。小さい頃の菫ちゃんからは想像できないぐらいだ」龍も目を細めて言った。「健吾にはもったいないね」

「お二人や夏輝さんに教えていただいてたので、ずいぶん助かりました。ありがとうございます」菫が言った。

「でも、俺、菫を泣かせちゃったんだ」健吾が申し訳なさそうに言った。

「泣かせた?」

「うん。最初、こらえきれなくて乱暴な態度をとっちゃって……」

「ま、若いからしかたないことなんだけどね」真雪が言った。「じゃあ、菫ちゃんはずっと我慢してたの?」

「いいえ。それから後は健吾くんとっても優しくしてくれて、私も安心できました」

「よし、とりあえず合格ってとこだな」龍が笑いながらカップを手に取った。

「痛かったでしょ?」真雪が言った。

「はい。やっぱりかなり痛かったです」

「ごめん、菫」健吾が辛そうな表情で隣の恋人の顔を見た。

「でも、覚悟してたし、彼に抱かれている心地よさの方が大きかった気がします。お母さんに教えていただいてた通りに」

「そう。良かった」真雪もカップを手に取った。

「終わった後、私はもちろん、健吾くんのも血だらけになっちゃってたから、彼、とっても動揺してました」

「そ、そりゃそうだよ。あんなにいっぱい血が出てたんだ。びっくりするに決まってるよ」

「シーツも汚しちゃったので、明日お洗濯します」

「ちゃんと新しいシーツに替えた? 健吾」

「うん。ちゃんと」

「替えのシーツとかも、ちゃんと自分の部屋に置いてるんだね。健吾くん。マメだよね」

「母さんや父さんの躾の賜だよ。自分のものは自分で管理するって、かなり小さい頃から厳しくされてきたからね」

「そうなんだ」菫は微笑んだ。

「汚れたシーツ、ランドリーに持って来といてね。後で」真雪が言った。

「うん。わかった」

「初めての体験は、なかなか想定外の結果だったな。健吾」

「う、うん。で、でも、それだけじゃなくてさ、」健吾がひどく済まなそうに龍を見上げた。「ゴ、ゴムが途中で外れちゃって……」

「外れた?」龍が眉間に皺を寄せた。「あれだけしつこく教えてやったのにか? 練習しなかったのか? おまえ」

「い、いや、あのさ、着けようと焦ってたら、途中でひっかかっちゃって、半分ぐらいしか被せられなかったんだ」

「まったく……」

「そんなものなんじゃない?」真雪が言った。「教科書通りにはいかない、って言ったのはあなたでしょ? 龍」

「ってことは、おまえ、菫ちゃんの中に出しちゃったのか?」

「う、うん……」健吾はうつむいた。

 菫はにこにこ笑っていた。

「危ないじゃないか。時期がずれてたら、とんでもないことになっていたんだぞ」龍は少し強い口調で言った。

「そ、そうだね」健吾は身を縮めた。

「あたしはまだ『おばあちゃん』なんて呼ばれたくはないよ」真雪はいたずらっぽく微笑みながら言った。

「わ、わかってるよ」

「でも、」菫が恥ずかしげに言った。「健吾くんの出したものが私の中に入ってる、って思うと、何だかとっても心地いいっていうか、満ち足りた気分になるんです。不思議ですね」

「菫ちゃんへの健吾の想いのエキスだからね」真雪が満面の笑みで言った。

「こ、今度は失敗しないから……」健吾が言った。

「当然だ。もう一度練習しとかなきゃな、健吾。二度と失敗しないように」龍が少し声を荒らげて、真剣な表情で言った。

「う、うん」

「もういいじゃない。初めてで、わからないことばかりだったんだから。あたしたちだっていろいろわからないことだらけだったでしょ?」真雪が言った。

「……」龍は表情を硬くして黙っていた。

 真雪が空になった四つのカップをトレイに載せ始めた。「さ、もう遅いから二人ともおやすみなさい」

「うん。そうする」健吾は菫の手を取り、立ち上がった。

「明日の朝はゆっくり寝てていいからね。準備だけしとくから、健吾と真唯で朝ご飯作ってね」

「父さんも母さんも明日は仕事なんだ……」健吾が少し残念そうに言った。

「でも、いつもより早めに帰るよ。みんなでパーティしなきゃいけないしね」

「そう、良かった」

「じゃあ、おやすみ」

「おやすみなさい」

 健吾と菫は立ち上がった。

「おやすみ。いい夢を」真雪が笑いながら小さく手を振った。