外伝集 Hot Chocolate Time 第3集 第8話「初体験をなめるなよ」

《次なる課題》

 

 12月に入った。放課後、自転車置き場で健吾が豪毅に近づき、耳打ちした。「豪、明日の土曜日、俺につき合ってくれないか?」

「え? ど、どうしたんだ? 健吾」

「俺一人じゃ、緊張するんだ」

「緊張?」

「あ、ああ。2時に『シンチョコ』の前で待ってる」

「いったい、何の用なんだ?」

「その時に話すよ」健吾は少し赤面してそう言うと、慌てたように自転車にまたがって一人でさっさと正門を出て行った。

 

 ――その土曜日は朝から晴れて、風もなく、穏やかな小春日和だった。

 2時少し前に『シンチョコ』の駐車場に着いた豪毅は、少し落ち着かない様子で一本のプラタナスの木の下に立った。すぐに健吾が姿を見せた。

「よ、よお、豪。待ったか?」

「いや、俺も今来たばっかりだ」

「そうか」

「で、俺を誘ってどこに?」

「ドラッグストア」

「え?」

 『シンチョコ』のはす向かいに大きなドラッグストアがあった。

「なんだ、どっか具合でも悪いのか? 健吾」

「い、いや、あ、あのな……」

 自分の前でいつになく動揺する健吾を、豪毅は怪訝な顔で見た。「どうしたんだよ」

「ゴ、ゴ、ゴムを、その、か、か、買わなきゃなんない……」

 豪毅ははっとした。「ゴ、ゴム?」

「そ、そうだ。ゴム……」

「そ、そういや……お、俺も……」

「なんだ? 豪、おまえも必要なのか?」健吾が息を弾ませながら言った。

「よ、よかった……。俺も買わなきゃって思ってた」

「そ、そうか……。ちょ、ちょうど良かったな。俺、心強いよ」

 

 二人は恐る恐るそのドラッグストアに入った。「いらっしゃいませ、」という店員の元気な叫び声が聞こえないふりをして、縮こまって彼らは店の奥へと入っていった。

 目的のものの売り場は各種サプリメントが並んでいる商品棚の横だった。

「い、行きづらいな。かなり」

「そ、そうだな」

 サプリメントを選んでいる中年女性がいた。二人はその通路が見える位置に立って、水虫の薬がならんでいる棚を見るともなく眺めていた。

「よし、どっか行ったぞ、あのおばさん」

「そうか」

 二人は何食わぬ顔でその通路を進んだ。そしてコンドームの箱が並べられている棚の前で立ち止まった。

「い、いっぱいあるもんだな……」豪毅が呟いた。

 不意に棚の影から若い女性が姿を現した。二人はとっさに回れ右をして、見ていた棚に背を向けた。

「あっ!」「や、やばいっ!」

 彼らの目の前の棚には、生理用品がずらりと並べられていた。二人は小走りにその通路を来た方と反対側に逃げていった。

 息を切らして健吾と豪毅は遠くからその場所を見ていた。

「どうする? 豪」

「むちゃくちゃ緊張しやがるな」

 二人はまた、そろそろと忍び足で無人になった目的の場所を目指した。

「て、手にとったとしてもだ、」豪毅が行った。「俺、レジに並べねえぞ、たぶん」

「え? なんだよそれ。おまえ買ってくれよ」

「な、なに言ってやんだ! お、おまえが先に買いに来るって言ったんだろ?」

「おまえも必要なんだろ? 買えよ、堂々としてりゃ恥ずかしくないって」

「そんなに言うんなら、おまえが買えばいいじゃねえかっ!」

 避妊具の棚の前で二人は言い争いをしていた。突然白衣を着た初老の女性店員がぶすっとした顔で補充用のコンドームの箱を山程無造作に抱えて近づいてきた。二人はあわててサプリメントの棚に移動した。豪毅は『お膝をサポート、グルコサミン』の袋を手に取って、熱心に能書きを読み始めた。健吾は『素肌ぷるぷるコラーゲン』とでっかく書かれた瓶を手に持っていた。

 

 うなだれてドラッグストアを出てきた二人は、その手に何も持っていなかった。豪毅も健吾も同じように大きくため息をついて、『シンチョコ』の駐車場に戻ってきた。

「どうする?」

「今日のところは諦めるか……」

「俺、真唯にチョコ買っていく」

「え? なんでマユに?」

「だって、すぐ誕生日だろ? お前らの」

「そ、そうか、忘れてた……」

「ついでに休憩していくか」

 二人は『シンチョコ』に入っていった。

「いらっしゃい、まあ、健吾くんに豪毅くん。久しぶりね」春菜が満面の笑顔で出迎えた。「どうしたの? お買い物?」

「は、はい。まあ……」

 二人は喫茶スペースに入り、一つのテーブルをはさんで向かい合って座った。

「あれ?」

 窓際のテーブルに二人の女性が座って、こっちに向かって手を振っている。

「母さん、それに、夏輝さん」健吾が言った。

「あんたら、男同士でデート?」夏輝が頬杖をついて悪戯っぽく笑いながら言った。「もう振られたの? 彼女たちに」

「そんなんじゃないよ」健吾が不機嫌そうに言った。

「何がいい?」春菜が伝票を手に持ってやって来た。

「あ、俺コーヒーください」

「俺も」

「はい。すぐに」春菜はにこにこしながらそこを離れた。

「こっちに来いよ、二人とも」夏輝が言って、自分の隣の空いた椅子の座面をぱんぱんとたたいた。

「えー、遠慮するよ」

「悩みがあるんなら、相談に乗るよ」

「悩んでるけど、別にいいです」豪毅が言った。

 健吾は、母親の真雪が妙ににやにやしているのがさっきから気になっていた。「何だよ、母さん。何か言いたいことがあるの?」

 真雪の代わりに夏輝が低い声で言った。「おまえらの秘密を知っている」

「えっ?!」二人は凍り付いた。

「こそこそとドラッグストアに入っていって、うなだれて出てくるのを、あたしたちは見た」

「そ、それは……」

「何か買わなきゃなんないものがあったんでしょ?」真雪が言った。

「でも買えなかった」夏輝は余裕の表情でコーヒーカップを口に運んだ。

「おい、」豪毅が健吾に言った。「夏輝さん、お見通しみてえだ。いっそ、相談すっか?」

「そ、そうだな。でも、母さんが邪魔だな……」

「ほら、こっちに来いって。悪いようにはしないからさ」夏輝がまた座面をたたいた。二人は重い腰を上げて、そのテーブルについた。夏輝は真雪の横に座り直し、その反対側に豪毅と健吾が座った。

 

「はい、コーヒーお待たせ」春菜が女の子を一人連れてやってきた。その子は二人の高校生の前にコーヒーと、小粒のチョコレートが四つ載せられた小皿を置いた。「冬季限定、シンチョコ名物『チェリーチョコ』だよ。あたしからのサービス。食べさしてやるよ」少女は笑った。

「店の手伝いやってるんだ、駆栗鼠(クリス)」

 その駆栗鼠と呼ばれた少女は微笑んだ。「うん。きっちりバイト料ももらってるけどね」

「瑠偉(ルイ)は?」

「弟は部屋でゲームやってる。ちっとも勉強しないし、店の手伝いもしたがらない。来年は受験生だっていうのに。困ったもんだよ」駆栗鼠はおおらかに笑った。

「おまえはどうすんだ? 高校」

「あたしはねー、とりあえず鈴掛高校。近いから」

「なんだよ、その理由」

「来年、入学したらよろしくね、健吾兄に豪毅くん」

「合格したらの話だろ」

「大丈夫。あたし頭いいから」

「自分で言うか」豪毅は呆れた。

「チョコ、ありがとうな」健吾が駆栗鼠の背中を軽く叩いて言った。

「そう言えばこの前、真唯ちゃんと菫ちゃんが来たわよ。ここに」必要以上ににこにこしながら春菜は二人に言った。

「え? そ、そうなんだ」

「じゃ、ごゆっくり」春菜はそれだけ言うと娘の駆栗鼠と共にテーブルを離れた。

 豪毅は目の前に置かれたチェリーチョコの皿を見つめた。「うまそうだな、これ」

「チェリーって『童貞』って言う意味もあるんだぞ。豪毅、知ってたか?」夏輝がいきなり言った。

「ええっ?!」

「おまえら、ゴム買いに行ったんだろ? そこの店に」

「な、なんでわかるの? 夏輝さん」健吾は言ってしまって、しまった、と思った。目の前に母親がいる。

「顔に出てるって」

「なに? 二人とも、もうそういうチャンスがあるわけ?」真雪が言った。

 豪毅と健吾は顔を見合わせた。

「もうすぐクリスマスだしなー。恋人同士の甘い時間が、堂々と味わえる、ってか」

 なんだか全てを見透かされているようで、健吾も豪毅もすこぶる居心地が悪かった。

「ゴム買う勇気がなかった、ってわけなんだろ?」

「うん」健吾はうなずいた。

「わかるわかる。高校生には、かなり難易度の高い買い物だ」

「でも、必要なんだよね?」真雪が屈託なく言うので、健吾は少しいらついた。

「しょーがないねえ」夏輝はコーヒーをすすった。「よし、待ってな」おもむろに彼女は立ち上がった。

「え?」二人は同じように夏輝を見上げた。

「買ってきてやるよ」

「え? い、今?」

「買いに来たんだろ? 今日」

「そ、そうだけど……」

「なに、すぐだ。目の前のその『童貞チョコ』食べながら待ってろ」そう言うと夏輝は一人店を出て行った。

 まっすぐはす向かいのドラッグストアに颯爽と向かう夏輝の背中を二人は口を開けて見ていた。

「予定はいつなの? 豪毅くん」真雪がにこにこしながら訊いた。

豪毅はびくっと肩を揺らして真雪に顔を向けた。「え? よ、予定……って……」

「彼女を抱けるチャンス、いつ?」

「って、俺、真唯が相手なんすよ? おばちゃんの娘じゃないっすか」

「そうよ。でも彼女なんでしょ?」

「い、いいんすか? お、俺がま、真唯と、そ、そんな……」

「だって、彼女なんでしょ?」

「はあ、まあ……」

「で、健吾は?」

「え? 俺?」

「菫ちゃんとの初体験の予定日は、いつなの?」

「初体験……予定日……って、あのね、母さん……」健吾は赤くなった。「よ、よくそんな大胆な発言ができるね」

「おめでたいことじゃない。母さんもうれしいよ。成功したらお祝いしてあげようか」

「結構です」

 その時、店の入り口のドアが開く音がした。

「あ、」健吾と豪毅は同じように顔を上げた。「早っ!」

 夏輝は元の席に座った。「買ってきてやったぞ」

「ど、どうも、ありがとう。早かったね」健吾がうつむいて言った。

「コーヒーが冷めないうちにと思ってね」そう言いながら、夏輝は手に持った買い物袋からたった今買ってきた四つの箱をテーブルに並べ始めた。

「ちょ、ちょっ! な、夏輝さん、こんなとこで広げないでよ!」豪毅が慌てて言った。

「一人二箱あれば十分だろ?」

「な、なんでそんなに? お、俺たち別に、そんなに、あの、あのあのあのあの……」

「初めて使うんだろ? これ」

「そ、そうだけどさ」

「コンドームや初体験をなめるなよっ!」

「声、でかいっ! 夏輝さんっ!」豪毅も健吾も大慌てした。

「あのな、初めからうまくいくと思うなよ、おまえら」

「そ、そうなの?」

「あたしの夫、修平も、この真雪の夫、龍も、初めての時は見事に失敗した」

「し、失敗?」

「父さんはね、」真雪が語り始めた。「これをうまくつけられなくて、まごまごしてるうちにイっちゃったんだよ」

「まごまご……」健吾がつぶやいた。

夏輝も笑いながら言った。「修平は、あたしに入れられないまま、出しちまった

「だ、出した……」豪毅がつぶやいた。

「つまりだ、これを使うにも、初めて女の子とエッチするにも、それなりの知識と練習が必要だ、ってことだ。わかるか? 豪毅、健吾」夏輝はその箱を二つずつ重ねて、二人の目の前に置き直した。

「お冷や、いかがっすかー」無駄に大声で叫びながら、一人の少年が水の入った銀色のピッチャーを持ってテーブルに近づいてきた。豪毅と健吾は慌てて目の前の箱を手に取り、自分のバッグに押し込んだ。

「な、なんだ、瑠偉、おまえゲームやってたんじゃねえのか?」豪毅が言った。

「凶暴姉ちゃんに引っ張り出された。勉強しないんなら少しは店、手伝えって」瑠偉は四人のグラスに水をつぎ足していった。

「そうか」

「バイト料ももらえるし」

「水くみぐれえじゃ、もらえねえよ」豪毅が言った。

「何の話してんの?」

「大人の話だよ」

「オレも混ざっていい?」

「だめだ」健吾が言った。

「何で?」

「だから大人の話って言ってんだろ!」豪毅がいらいらして言った。

「オレも大人だし」

「違うね」健吾はふん、と鼻を鳴らした。

 真雪はそんな息子を見て、くすっと笑った。

「いいから、あっち言ってろ! 邪魔だっつってんだよ。しっしっ!」豪毅は瑠偉を追い払った。瑠偉は口をとがらせてしぶしぶそこを離れた。

 二人は真雪たちに向き直った。

「じゃあ、父さんに頼んでいろいろ教えてもらうことにしよう」真雪は優しく言った。

「父さんに?」

「それの使い方とか。他にも貴重な経験をいろいろ話してくれるよ、きっと。楽しみにしててね」

「う、うん」健吾は素直にうなずき、コーヒーカップを手に取った。

「その時は豪毅くんもうちにいらっしゃい。一緒に教えてもらうといいよ」

「は、はい。わかりました」豪毅はチェリーチョコをつまんで口に入れた。   

 

 

 ――海棠家のマンション。

「あっはっは!」龍は大笑いした。「そうか、そんなこと真雪に言われたか」龍はリビングで豪毅と健吾を前に上機嫌で話しはじめた。

「よしっ! 男として余計な恥をかかないように、俺がしっかり教えてやるから、ちゃんともれなく聞くんだぞ、二人とも」

「わかりましたっ!」豪毅が言った。

「頼むよ、父さん」健吾も言った。「ところで、」

「何だ?」

「どうして父さんの横に天道先生が座ってるわけ?」

「あんだ? 俺がここにいちゃいかんのか? 健吾」修平が腕組みをしてすごんだ。

「だ、だって、二人がかりで教えてもらうことじゃ、ないような……」

「ばかやろっ! セックスをなめんじゃねえ!」修平が大声を出した。

「先生っ! 露骨だし、声大きいし」

「とにかく、真剣に聞きやがれ。おまえらの今後のために、わざわざ俺たちが、自分の過去の恥ずかしい経験を交えて話して聞かせんだからな」

「わかった。わかったから」豪毅がうんざりしたように言った。

「まず、取り扱い方だが、」龍がコンドームの袋を取り出した。「袋を開ける時は気をつけるんだ。中身を傷めたら大変だからな」

「前もって袋を少し破ってた方がいいぞ」修平が言った。「たいていその時は部屋が暗くなってっからな。取り扱いもほぼ手探り状態だと思え」

「そして、これは相当重要なことなんだが、」龍がそのゴム製のものを袋から取り出して言った。「表と裏を間違ってしまうと、かぶせられない」丸まった状態のそれを、龍は表裏をひっくり返しながら説明した。

「それも手の感触で理解しなきゃなんねえんだ」修平が言った。

「ほら、二人とも触って確認するんだ」龍はそれを健吾に手渡した。健吾は初めて手にするそれを眉間に皺を寄せながら熱心に観察し、手で表裏の感触を確かめた。そして隣にいる豪毅に手渡した。豪毅も同じように念入りにそれを指で確かめた。

「わかったな」修平は豪毅からコンドームを受け取った。

 龍がテーブルにあったバナナを房から一本むしり取って、修平に渡した。

「表と裏がはっきりしたら、こうやって、」修平は片手にバナナを持ち、コンドームをかぶせて伸ばし始めた。「焦らず、ゆっくりと……」

「俺は最初、この方法を知らなくて、かぶせる前に広げたんだ。そうなったらもううまくかぶせられるわけがない。焦って装着しようとしてるうちに興奮が高まって出しちまったよ」龍が笑った。

 キッチンでまな板に向かっていた母真雪も声を殺してくすくす笑っていた。

「早くやりたくて焦ったりしたら、ロクなことにならねえ、っていう教訓だ」修平は手に持ったバナナにかぶせたコンドームを最後まで伸ばしきった。

「こうして、ちゃんと根元まで伸ばしきるのがポイントだ」龍が修平の手元を見ながら言った。

 がちゃり。どたどたどた。その時、真唯がリビングのドアを開けて中に駆け込んできた。「ママ!」

 わたわたわた! 修平は慌てて持っていたバナナを背中に回し、腰の下あたりに隠した。龍はコンドームの箱を同じように背中に隠した。健吾と豪毅はぴんと背中を伸ばして顔をこわばらせた。

「あれ? 豪ちゃん。なんでうちにいるの? それに修平先生まで……」真唯は四人の近くにやって来た。

「それでな、冬場はイチゴが値上がりすっから、」修平が人差し指を立てて豪毅に向かって語り始めた。

「そうなんすね、先生、俺、知らなかったっす」そう言って豪毅は顔を上げ、真唯を見た。「おお、なんだ、真唯、久しぶりだな」

「なにが久しぶりだよ。昼間学校で会ったばっかじゃん。わざとらしい。来るなら来るって言ってくれればよかったのに。何の話してんの?」

「いやなに、」台所に立っていた真雪が言った。「今度のクリスマスのメニューについて打ち合わせをしてたところなんだよ、真唯」

「え? だって、アタシ、クリスマスイブはこの豪ちゃんと二人で過ごすんだよ」

「知ってる。イブはそうだろうけど、せっかくだから、明くるクリスマスの日に、みんなでパーティやろうか、って話になってるんだよ」

「そっか、いいね、みんなでパーティね。楽しそう」

「俺も来ていいか? そのパーティ」修平が自分の鼻を指さして言った。

「もちろんだよ。夏輝さんも穂波ちゃんも一緒なんでしょ?」

「いいのか?」

「どうぞどうぞ。遠慮なく」やったやったー、と真唯ははしゃいだ。

「先にお風呂に入んなよ、真唯」真雪が言った。

「うん」そして続けた。「豪ちゃん、夕飯食べてくんでしょ?」

「え? いいんすか? 真雪さん」

「全然オッケーだよ」

 やった、やった、とまた真唯は飛び跳ねた。そしてその勢いのまま彼女はまたどたどたとリビングを出て行った。

「危ないところだった……」

「真雪、口から出任せとは言え、よくあんなこと、思いついたな」修平が顔をキッチンに向けて言った。

「本当にやろうよ、クリスマス・パーティ。みんなで」

「悪くないな」

「豪毅や健吾の初体験のお祝いも兼ねてさ」

「よし、おまえらそのパーティで、初体験がどういうことになったのか、発表しろ」

「ええっ?!」

「無理無理無理!」

 二人とも狼狽してしきりに固辞した。

 修平は、後ろ手に隠していたコンドームのかぶせられたバナナを、再び二人の前に差し出した。

「別に隠すことなかったんじゃないの? しゅうちゃん」真雪がテーブルに大きなサラダボウルを置いて言った。「真唯が知ってても問題ないと思うけど」

「そうはいかねえよ。その時にどんだけスマートにできるかってのが、男の矜持ってもんだ」

「粋な男のイタワリだね」龍も言った。「実は、こうして女の子のカラダのことをちゃんと考えてる、って、さらりと自然に主張することが大切なんだ」

「二人とも、最初は失敗しちゃったからね」真雪は笑った。

「よけーなお世話だ」

「そうそう、余計なお世話かもしれないが、」龍が修平からバナナを受け取り、それを両手で握りしめて言った。「こうやってちゃんと大きく、硬くなってから、つけるんだぞ」

「それについちゃ心配いらねえだろ、龍」修平が笑いながら言った。「そん時は、もう興奮してて、始めっからフィニッシュまでガチガチのはずだ」

「そうだね」

「自分で何度か装着の練習しとけよ、二人とも」

「わ、わかりました」

「それからな、」龍が言った。「装着したら、自分の唾液を塗りつけてできるだけぬるぬるにしておくんだぞ」

「え? なんで?」健吾が訊いた。

「挿入する時、女の子にできるだけ痛い思いをさせないためだ」

「そうかー」豪毅が感心したように言った。「やっぱり経験者は違うな。教えてもらって正解だったぜ。な、健吾」

「うん。ありがとう、父さん、天道先生」

 修平は被せられたコンドームをばちん、と抜き取って、手にしたバナナの皮を剥き、かじりついた。

「セックスで一番大切なのは、自分が気持ち良くなることじゃなくて、女の子をどうしたら気持ち良くできるか、って常に考えておくこと」彼はバナナを頬張ったまま真剣な顔で言った。半分になったバナナを、修平は龍に手渡した。

 龍はそれを受け取って言った。「そして、始まる前の会話から、服を脱がせ、肌に触れ、舌でカラダを舐め、フィニッシュの後も、髪をなでたり、甘い言葉を囁いたりすることも疎かにするなよ」そしてバナナを自分の口に突っ込んでもぐもぐ食べ始めた。

「何度もキスするのも忘れないでねー」真雪がキッチンから振り向いて付け加えた。「女の子は例外なくキスが大好きだからね。それも練習しといてね」

 健吾が眼鏡を外して困った顔をした。「ど、どうやって練習しろっていうんだ……」

「よしっ!」修平が膝を打った。「これにて、『本当に気持ちのいい、正しいセックス講座』第1回『サルでもわかるコンドームの使い方』は修了だ」

「な、何? 先生、『第1回』って? ま、まだ続きが?」

「第2回は『知らなきゃ失敗する女の子のカラダ』」

「ええっ?!」

「講師は天道夏輝、海棠真雪の両先生方だ」龍が言った。「明日、またこの時間にな」

「そ、そこまでやるの?」

「つべこべ言うなっ!」修平が怒鳴った。「ちなみに、明後日は、真唯と菫を対象にした講座『男のコの心理と衝動』だ。講師は龍と真雪」

「大がかりだな」豪毅が呟いた。

「それもこれも、おまえたちセックスの初心者が、できるだけ余計な心配をせず、最初から快適な時間を持てるようにとの、俺たち大人の配慮と思いやりだ。ありがたく受け取れ」

「わ、わかりました」

「さあて、夕飯にすっか」修平が腰を伸ばして言った。「真雪、いただくぞ」

「いいよ。準備はできてる。豪毅くんも手伝って。健吾はケンジじいちゃんたちを呼んできて」

「わかった」

 二人はソファを立った。丁度その時、風呂上がりの真唯も、タオルで髪を拭きながらリビングに入ってきた。「ジンジャーエールちょーだい。喉渇いた」